第45話 自分では気づいていないかもしれないですが
今日はイケメンとして問われなかった。
だけど油断は出来ない。
教室には現れなくなったけれど、池君の探し人は同じ学校内に居るのだ。
もし僕の知らない所で月羽と池君が出くわしたらどうなるのだろうか。
彼はイケメンだから紳士的な態度で接するだろうが……
「…………」
なんというか、あまり考えたくなかった。
もやもやする。同時に少しイライラする。
なんとか池君と月羽が対面せずにいられるように計らえないだろうか。
「まっ、なるようになるか」
そう、なるようにしかならない。
結局の所、全て成り行きに任せるしかないのであった。
「一郎君、どうしたのですか?」
多目的室での勉強中、不意に月羽が心配そうに顔を覗いてきた。
その隣でも小野口さんが同じような表情で僕を見つめている。
更にその隣では一生懸命イラストの練習している西谷先生も居たが、そこは気にしないことにしよう。
「え? あ……その……」
いけない。心配させてしまった。
でも月羽のことを考えていましたとは言えない。
しかし、ここで口ごもってしまっては心配を更に仰ぐだけである。
何か言わないと。
「その……えと……どうしたらイケメンになれるのかなーと考えてたんだ」
「試験勉強中にまるで関係ないこと考えないでくださいよぉ」
「そうだよ。高橋君は可愛い系で突き通していけばいいと思うよ」
『可愛い系』とやらに属していたのか、僕は。
まぁ、確かにチビで童顔だけどもさ。
「二人はイケメンとその可愛い系?とやらのどっちが好き?」
「「可愛い系」」
うお、一瞬たりとも迷った様子を見せずにハモった。
「ど、どうして?」
「最近の『イケメン』って部類される人ってろくな人が居ないのよね。顔だけが良ければイケメンイケメンーって言われてさ。そういう人って心の中が真っ黒だったりするのよ」
中々辛辣な意見だ。
でも小野口さんらしいといえばらしかった。
「月羽はどうして?」
「その……可愛い系の人の方が……一緒に居て……楽しいし……その……落ち着きますので」
なぜか僕のことをチラチラ覗き見ながらテレ混じりに意見を述べる月羽。
なるほど。月羽の場合は『一緒に居て落ち着く』というのが重要そうだ。ぼっち生活が長かった為に人との接し方がデリケートになっているのだ。
「んー、参考になったようなならなかったような……」
でも二人がイケメン苦手と聞いてちょっぴり安心したのは内緒だ。
「とにかく高橋君は高橋君らしく居るのが一番だと思うなぁ」
「そうです! 一郎君、自分では気づいていないかもしれないですが、人に好かれる性格しているんですよ」
そんなこと初めて言われた。
僕は僕らしく……それでいて人に好かれる……か。
二人はこんな僕のことを好きでいてくれているんだ。
僕は……どうだろうか?
僕も二人のことは好きだ。
でも、僕は――僕のことを好きなのだろうか?
ピンポンパンポーン
『二年A組の高橋一郎くん。二年A組の高橋一郎くん。職員室の田山先生の所まで来てください』
また呼び出しか。
ほんと、二年になってからよく呼び出されるな僕。
しかも……
「た、田山先生からの呼び出しか」
嫌な予感しかしない。
「いくの? 高橋君」
「う、うん」
怖いけど呼ばれたからにはいくしかない。聞かなかったフリしても後でネチネチ言われそうだし。
「一緒に行きましょうか?」
月羽が再度心配そうに僕を見る。
正直言えば月羽にも着いてきてほしい。
でも……
「呼ばれたのは僕だけだし、一人で行ってくるよ。それに月羽、あの先生苦手でしょ?」
「で、でも……」
「大丈夫。すぐに戻ってくるよ」
精一杯笑顔を取り繕いながら月羽の頭にポンっと手を乗せる。
「高橋君。あの先生に嫌なこと言われたらすぐに報告するんだよ。この小野口さんが慰めてしんぜよう」
「ありがとう。小野口さん」
本当に良い友達を持ったなぁ、僕。
地獄のような中学時代には考えられないだろうなぁ、今の状況。
「それじゃ行ってくるね」
そう言い残し、多目的室を去ろうとする。
だけど一瞬、黒板のイラストが目に入ってしまった。
「……えっと……猫……のイラスト……ですよね?」
「これ……イタチのつもりなんだけど……」
なぜそのチョイスなんだ、西谷先生。
出来の悪いクリーチャーにしか見えなかった。
「その……行ってきます」
「ぅう……高橋君が帰ってくる頃には可愛いコアラの絵を描けるようになってやるんだからぁ!」
西谷先生の楽しい授業計画はまだまだ先が遠そうだった。
B組担任件学年主任、田山静一先生。
例のカンニング疑惑事件にて青士さん以上に手こずった相手だ。
この人の屁理屈は凄かった。我を通す姿勢は青士さん以上だ。
今多目的室に居るメンバー全員でようやくどうにかできた相手と今から対談するのか。また喧嘩になったら敗戦は明らかだな。
まぁ、いきなり喧嘩腰になるような非常識人ではないと信じよう。
「失礼します。校内放送で呼ばれた高橋ですけど……」
職員室の扉を遠慮がちに開ける。
何度訪れてもこの部屋の空気は苦手だ。どうしてここはいつも妙な緊張感で一杯なんだろうなぁ。
「来たか。高橋」
相変わらず威圧感全開にしながらの登場である。
「えっと、要件は?」
「ああ。青士が不登校になっているから学校に来られるよう何とかしてこい」
「………………………………は?」
この人、今何て言った?
えっ? 本当になんて言った?
教師にあるまじきことをサラリと言ってのけてなかったか?
「これが青士の家の住所と地図だ。今週中に何とかしてこい」
田山先生から小さな紙が渡される。
青士家への道筋が書かれた地図だった。
「って、待ってください! なんで僕がそんなことを!?」
「不登校の原因の一端はお前だろう。責任がある」
「いやいや、停学の処分を与えたのは先生でしょ!?」
「停学が不登校の原因だとなぜ決めつける?」
出た!
出たよ! 田山先生の秘奥義『スーパー屁理屈』!
自分は絶対に悪くないと決めつけ、都合の良い人を悪者にする性格まだ治ってないのか。
「ていうかコレ先生の仕事じゃないんですか!?」
「私は見ての通り忙しい。それに青士は教師の言うことを素直聞くような生徒じゃないからな」
僕の言うことを聞くような生徒でもないです。
ていうか誰の言うことなら聞くんだろうか、青士さんって。
あーあ、やだなぁ。行きたくない。
青士さんが嫌だ――というより、青士さんが怖いのだ。
とにかく一人で行くのはやめておこう。月羽や小野口さん、それに西谷先生にも引率してもらって――
「青士は今デリケートな状態だ。大勢で押し寄せるなよ」
ぅおおおおい!
この人、制限付けやがった!
「人に頼るな。まずは一人で行って来い」
お前が言うな。
お前が言うな!
おーまーえーがーいーうーな! この事なかれ人任せ主義の総帥が!
「どうした? いつまでここに居るつもりだ? 邪魔だから早く行け」
お前が呼んだんだろうが。
お前が呼んだんだろうが!
おーまーえーがー呼んだんだろうがぁぁ!
「っ! 失礼しました!」
もはやこの場に居る意味はないので早々と出ていく僕。
というより、この先生の顔を一秒たりとも見ていたくなかった。
『人に頼るな。まずは一人で行って来い』
『まずは』――と言った。
つまり、一人で行くのは初回だけで良いということだ。
どうせ僕一人で青士さんを復学させるのなんて無理なんだ。
だからさっさと初回を終わらせて、明日から早速月羽達に相談しよう。
というわけで月羽にメールしておかなければ。
――――――――――
From 高橋一郎
2012/07/03 16:57
Sub 旅に出ます
――――――――――
今日は用事が出来たから
ちょっと戻れないや。
それと明日、超助けてもらう
予定だから覚悟しててね
それと今、ちょっと挫けそうです
明日、生きて会えることを切に祈って
います
-----END-----
―――――――――――
このメールを受け取ったあの子はどう思うだろうか?
明日、このメールの件で質問攻めにされる光景が目に浮かぶようだった。
ともあれ、青士家に向かって歩くとしますか。
うわ、結構遠い。
地図を頼りに目的地を目指していたけど、見たことのない土地に不安感を抱く。
ちゃんと帰れるのかとか、目的地にたどり着けなかったらどうしようとか、つい余計なことを考えてしまう。
休日の経験値稼ぎでも結構知らない所に行ったりしたけど、その時は月羽という頼もしい相棒が居たから全然気にならなかった。だけどさすがに一人だと怖い。
ぅう。田山先生の言いつけなんか無視して月羽連れてくるべきだったなぁ。普段ワタワタしているあの子が今とても愛おしい。
まぁ、今更無いモノ強請りしても仕方ない。余計なことを考えずに青士家を目指そう。
たぶん距離的に後5分くらいで着く――着けるはず。
「よぉ」
うわ。なんか今青士さんの幻聴が耳に入った気がする。
精神的に色々参っているようだ。
「おいこら。無視すんなや高橋」
「えっ?」
やけにしつこい幻聴だなと思い振り返ってみると、そこには――
……見たこともない女の子が立っていた。
「え? ぁぅ、えと……何か用ですか?」
「は? 用がなきゃ話かけんなってか? 相変わらずチョー強気じゃん。アタシなんて雑魚、目じゃないってか?」
なんだろう、声も話し方も青士さんソックリだけど……
でも人違いだったら悪いし。
「えっと、どなた……でしょうか?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「うわぁぁっ! ご、ごめんなさいっ!」
知らない女の人を怒らせてしまったっ!
「その反応、マジ忘れてるわけ? どうでもいい出来事は記憶から抹消系なん?」
相手は僕のことを知っているようだ。
ていうか、この喋り方、あの人な気がするけど
「この
「やっぱり知らない人だった!」
「ああん!??」
「ひぃぃ。ご、ごめんなさい!」
背が高い女性。と言っても僕視点でだけど。たぶん僕より大きい人、だけど少し細身だ。
小さい瞳。明るい茶髪。服装は地味めだが、それでもどこか華やかさが感じられる人だ。
ハスキーな声とあまり女の子っぽくない口調はどう見てもあの人なんだけど、外見も名前もまるで違っていた。
あっ、まさか……!
「もしかして青士さんのお姉さんですか?」
「はぁぁぁ!? あたしに姉妹なんていねーよ! ていうか気付け! いいかげん気付け! あたしが2年B組、青士有希子! 星野のクラスメートだよ!」
「……え?」
「んだよ。そのリアクション」
「ぅええええええええ!?」
「本当になんだよ! そのリアクションはっ!」
噛みつくようにツッコミを返す青士さん。
ていうか、本当にこの人が青士さん!?
「いやいやいや、僕の知っている青士さんは、目がムカデみたいになっていて、爪が人間やめたみたいな模様していて、肌がアマゾン住まいの人みたいに黒いはずだよ!」
「付け睫毛にマニキュアに化粧だよ! アンタ、あたしをそんな風に見ていたのかよ!」
「こんな……見た目が人間みたいな青士さんは青士さんじゃないよ!」
「勝手に人外設定付け加えんなっ!」
学校での青士さんと目の前に居る青士さんはまるで別人だった。
小さいけれど凛々しい目、ピンク色の綺麗な爪、白――くはないけど、健康的な色の肌。
変身前の青士さんは、なんていうか……魅力的な格好良いお姉さんタイプな人に見えた。
「青士さん……有希子って名前だったんだ」
「それすらも知らなかったのかよ!」
別クラスだし、例の騒動があるまでまるで関わりがなかったからなぁ。
この人のことを名前で呼んでいた取り巻きもいなかったし。
「あー、そうだ。青士さんの変身に気を取られていて本題忘れてた」
「なんだよ! 変身って! アタシが化粧してないとそんなに変かよ!」
正直言えばケバくない青士さんはらしくない。
でも個人的には今の青士さんの外見の方が好きだけどね。
「田山先生から伝言、『青士ぃ。学校来いよぉ。まっ、俺は事なかれ主義だけどな』って言ってたよ」
言ってないけど。
「今のすげぇ田山っぽかったし!」
でも青士さんからは好評だった。
「ていうかなんで高橋が頼まれたん? おめー別クラスだろーが」
「……僕が聞きたいよ、それ」
「……お前も大変なんな」
今度は同情してくれた。
今日の青士さんはちょっと優しい気がする。気のせいか?
よし、その優しい感じに付け込んでみよう。
「でさ、学校来なよ。青士さん」
「あぁぁん!? なんでてめーに命令されなくきゃいけねーわけ? はっ? 調子乗ってんの?」
ごめんなさい。いつもの青士さんでした。めっちゃ怖いです。
仕方ない。今日はここで引き下がろう。
青士さん更生計画は月羽達を連れた明日からが本番なのだ。
「……もう、戻れるわけねーじゃん」
「えっ?」
「じゃなっ!」
気になる言葉を言い残し、走り去ってしまう青士さん。
僕は茫然と立ち尽くしながら一人物思いに耽る。
今の言葉を心の中で復唱してみた。
『……もう、戻れるわけねーじゃん』
青士さんはそう言った。
その言葉だけでは確信はないが、もしかしたら青士さんは過去の自分の行いを悔いているのではないだろうか?
そういえば以前小野口さんから聞いたが、青士さんは一日だけ学校に来たことがあるらしかった。
その一日、もしかしたら青士さんにとってツライ日になったのではないだろうか?
――『たぶんだけど青士さん。停学明け後、その金魚の糞みたいな連中、居なくなっていると思うよ?』
――『クラスメートを陥れて停学になるような奴になんか誰も着いてこないさ』
以前僕が言った言葉だ。
もし、この言葉が事実になったのだとしたら……
――『停学明け後……私が……ぼっちになる……?』
そしてこれは青士さんが言った言葉。
この言葉を吐いた時、青士さんの表情は恐怖に包まれていた。
『ぼっちになる』ということは青士さんにとって僕が思っているよりもずっと重いことなのかもしれない。
「…………」
明日、月羽を連れて、出来れば小野口さんと西谷先生も一緒に青士さんを学校に来られるように説得するつもりだった。
だけど――
「もう少しだけ……頑張ってみようかな」
今日やれることはまだあるはずだ。
ていうか、ここで帰るのはなんか嫌だった。
とりあえず僕は手の中の地図を頼りに再び前へ歩み始めたのであった。
―――――――――
宣伝失礼します。
新作【転生未遂から始まる恋色開花】の投稿を始めました。
もしよければそちらもご覧いただけると幸いです。
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