第38話 私に……私に力をぉぉぉ~

「月ちゃんって高橋君と仲良いよね?」


 唐突にそんなことを聞いてきたのは隣の席の女の子。

 そして私のことを『月ちゃん』なんて呼ぶのもこの人だけです。

 小野口さんは今日も絶好調だなぁ。


「えっと、とても仲良いです」


 うん。これが無難な回答ですね。ていうより事実ですし。

 でもそんなことこの人――小野口さんも分かりきっているはずですが……?


「うん。高橋君もそう言ってた」


「~~っ!」


 い、一郎君も、その、私と同じように答えてくれたんですか。

 さすが親友です。以心伝心レベルの親友です。とっても嬉しい。


「でもね。なんか二人を見ていると、私が思っていたのと違うっていう気がしてるんだよね」


「……むぅ?」


 それは私と一郎君が親友に見えないってことでしょうか。

 でも小野口さんの言う通りだとすればこれは由々しき問題です。


「小野口さん! どうすれば私と一郎君が仲良しに見えるようになりますか?」


「おっ! 月ちゃんやる気だねー。小野口さんキュンキュンしちゃうよ♪」


 キュ、キュンキュン?

 たまに才女っぽくない言葉を使う人です。でもこのギャップがこの人の魅力なのかもしれませんが。


「まずね、双方足りない所が多すぎる!」


 双方ってことは私だけじゃなくて一郎君も?

 私達に足りない所……う~ん、心当たりがあるようなないような微妙な感じです。


「まず、高橋君の方だけど……あの人は男らしさが足らない!」


「……そうでしょうか?」


 いきなり同意しかねることを言われました。

 一郎君は結構男らしいと思うのですが。優しくて、勇気があって、優しくて、頼りになって、優しい人なのに。


「いや、月ちゃんの言いたいことは分かるよ? あの青士さんに堂々とぶつかっていたし、田山先生を追い詰めた時も格好良かったよ」


「ですよね! ですよね!」


「う、嬉しそうだね。月ちゃん」


 当然です!

 親友が褒められればうれしいに決まっています。飛び回りたいくらいです。


「でもそれは非常時の話だよ。普段の高橋君って格好良いっていうより『可愛い』って感じでしょ?」


「はい! 一郎君は可愛いです」


「本人聞いたら泣き出しそう」


「でも可愛いです」


「うん。可愛い。ぶっちゃけ私よりも可愛い。ちっちゃくて童顔で仕草も女の子っぽくて、反則なくらい可愛い」


「た、確かに」


 一郎君はたまに見惚れるくらい可愛い時があります。屋上で膝枕した時とかついつい色々いじっちゃったし、この間の球技大会でも女の子みたいなボールの受け方してましたし、妙に肌綺麗ですし。

 あれ? なんか羨ましいくらいのスペックです。


「そういう意味で高橋君は男らしさが足りないと思うの。常にあの緊急時みたいな積極性を見せてくれていたら二人はもっともっと仲良く見えると思わない?」


「で、でも、控えめな所も一郎君の立派な長所です!」


「そうだね。私も高橋君の性格は気に入っているよ。そこで月ちゃんの弱点克服が必要になってくるの!」


「はぁ」


 やっぱり小野口さんも一郎君のことを気に入っていたんですね。

 ていうかたまに私よりも仲良しさんに見えるところがあるんですよね。一郎君と小野口さんの謎の仲良しっぷりが気になる今日この頃です。


「月ちゃんは――」







「一郎君、『女子力』ってなんですか?」


「おっ、今日も絶好調だね、月羽。この唐突さは見事としか言いようがない」


 最近、屋上で会う場合、挨拶を省いて開口一番本題から入ることが多い。

 経験値稼ぎを始めた時は挨拶を交わすだけでも緊張していたというのに、時間の流れというやつはも日本の良き文化も軽薄にしてしまう。

 あの初々しさがもはや懐かしい。


「小野口さん曰く、私には『女子力』ってものが足りないみたいです」


「へぇー。で、女子力って何?」


「私がそれを聞いているんですが……一郎君にも分かりませんかぁ。困りました」


 うーん『女子力』かぁ。なんか最近聞くようになった言葉だけど、具体的にどのような力なのか見当もつかない。たぶん造語の類だと思うけど、この言葉妙に流行っているよなぁ。


「よしっ! 月羽、今日の経験値稼ぎの内容が決まったよ!」


「私も今同じことを思いました」


 おっ、シンクロしたか。

 日に日に僕らの仲良しゲージが高まっていく気がするなぁ。


「ずばり! 『女子力』とは何なのかを二人で検討する!」


「ずばり! 二人で『女子力』を身に付けましょう!」


 ……あ、あれ?

 シンクロしたと思っていたけど、なんかちょっぴりズレていたぞ?

 僕らの仲良しゲージ、本当に親友ラインまで達しているのかすら怪しくなってきた。


「あの……月羽? 『女子力』っていうからには『女子』が身に着けるべき力なんじゃないかな? なんで僕まで?」


「でも、二人で達成してこその経験値稼ぎです。私だけ『力』を身に着けて一郎君は平気なんですか?」


 別に平気なんだけど。

 でも正直にいうとこの子怒るからなぁ。

 月羽の『経験値稼ぎは二人でパワーアップする儀式』感だけはなんか譲れないところがあるみたいだし、この考えには基本僕も賛成だからここは月羽に同意しておくか。


「んー、じゃあ、その、頑張って二人で女子力を身につけようか」


「ハイ♪」


 なんだかおかしなことになりそうだった。

 じゃなくて、なんだか『今日も』おかしなことになりそうだった。







 まず女子力とはなんぞやという話だ。

 『女子』という括りが鍵であることは分かりきっている。


「ん? 『女子』って何歳から何歳までを指すんだろう?」


「そこ、重要でしょうか?」


「重要だよ。年齢層が分かればどんな力なのか想像しやすい」


「言われてみればそうですね。んー、一般的に考えて30歳以上の人に『女子』って指すのは失礼だと思います」


 確かにな。そこまで大人なら『女子』じゃなくて『女性』だ。

 35歳の人に『よっ、日本の女子!』なんて言ったら怒られそうだ。『あたいは子供じゃないんじゃい!』とか反論されそう。


「難しいラインは20代だよね……」


 一般的には20歳以上は『大人』の分類に括られる。ならば『女子』ではなく『女性』というのが妥当だろう。

 しかし、精神的には難しい年齢なのだ。

 これは想像でしかないが、25歳の人に『よっ、日本の女子!』って言ったら半分くらいの人が喜びそうな気がする。『あたい、そんなに若く見える? うっふ~ん』なんて言い出す人が出てきそうだ。


「月羽はさ、何歳まで女子でいたい?」


「正直今すぐ『女性』になりたいです」


 駄目だこの子、まるで参考にならない。

 仕方ない。ここは自分に置き換えて考えよう。


「僕だったら――そうだな……10代の間は『女子』でいたい」


「一郎君ならなれますよ!」


「ならないよ!?」


 この子が普段僕をどんなふうに見ているのか垣間見えた気がした。


「こほん……つまり僕が言いたいのは『女子』の括りは10代までというのはどうだろうか?」


「んー、でも19歳の方を『女子』と言っていいんでしょうか?」


「『可』か『否』かの二択だったら『可』じゃないの? 世の中には『女子会』なる混沌会議が存在するみたいなんだけど、その女子会には19歳前後の女の人が一番参加率高いみたいだよ」


 正確にはお酒が飲める年齢である20~22歳くらいが参加率高いみたいだけど、話が一向に進まないので、少し嘘をついてみた。

 つまりの所、僕的には女子の括りを19歳までと決めつけたいのだ。


「では19歳以下の女性が身に着けるべき能力――『女子力』とはなんなのかを考察しましょう」


 ふむ。話が本題に戻ったな。


「19歳以下の女の人になくて、20歳以上の女の人にある、そんな力でしょうか?」


 なるほど。『女子力』を身に着けることによって『女子』を卒業し、『女性』になれる。そう考えるのは自然な流れだ!


「すると――言葉使いとか?」


「なるほど。重要な所だね」


 実際、『女子』と『女性』では言葉一つ一つに品格の差が出る気がする。

 なるほど、言葉使いを正すことは確かに重要だ! これが女子力の一つに違いない!


「やっぱり貴婦人みたいな言葉使いが理想だと思うんですよ」


「確かに! 貴婦人の言葉には凄みがある!」


「一つ、答えを得ましたね」


「うん」


即ち、女子力とは貴婦人みたいな言葉使いを身に着けること。

今日は順調だ。早くも一つの回答を導き出せてしまったのだから。


「他にも何かありそうですね」


「うん。女子力という造語には奥の深さを感じる。まだまだ種類がありそうだ」


 女子と名の着く力ってことはいかに女っぽくなれるかを試す力であることは理解している。

 うーん、女子っぽいこと女子っぽいこと……


「(じ~~~)」


「な、なんですか?」


 ……駄目だ。分からない。目の前に女子が居るのに、全く分からない。


「月羽っぽいっていうのと女子っぽいっていうはまるで違うんだなぁ」


「急に失礼すぎることを言いだしました!?」


「月羽に女子っぽささえあれば……」


「わ、私だって女子っぽいことできるもん!」


 しまった、嫌な予感が。


「そ、その、む、無理しなくてもいいからね? 月羽は月羽っぽいから魅力的なんだよ」


「いえ! いい機会です! 一郎くんに私の女子っぽさを見せつけてあります!」


 うわあああ。心に思っていたことを口に出してしまったことで月羽の闘争心を刺激してしまったみたいだ。


「全世界の女子さん! 私に……私に力をぉぉぉ~……」


 つ、月羽が女子力を集めている!?

 ていうか世界中の女子から分けてもらう力だったのか女子力、半端ない。


「じょ、女子ぃぃぃ~……ぱぁ~んち!」


    ポコン。


 全世界の女子の力を集めたパンチが僕の胸に命中する。

 月羽の拳が僕の胸に止まり、そのまま硬直している。

 まるで痛くない。

 いや、それよりも――


「なんか……ホワホワする!」


「ホワホワするってどういうことですか!?」


「どういうわけか、僕は今すごく優しい気持ちになっているよ」


「本当にどういうわけですか!」


「女子力――また一つ理解に至ったよ」


 即ち、気持ちがホワホワするパンチを放つこと。より相手を優しい気持ちにできるほど女子力が高いと見受けた!


「月羽って実はすでに女子力高いんじゃない? もっと色々やって見せてよ」


「え、えへへ~。仕方ないですねー。そこまでいうのでしたら見せてあげますよ。私の女子力を」


 月羽が珍しく燃えている。

僕はその姿をみて少し萌えていた。


「私レベルの女子力の持ち主となると色々なことが出来ちゃいます」


 おお、月羽が得意げな表情を浮かべている。レアな表情だった。


「い、色々なことが出来ちゃうんです」


 おお、急に月羽の表情が曇りだした。ちなみにレア度は低い。結構目撃する表情だった。


「全世界の女子さん! 私に力を~~」


 この儀式は絶対にやらないといけないのか?

 まぁ、いけないんだろうな。女子の力を集めなければ女子力は発揮できない。セオリーというのはそういうものだと僕は知っている。


「て、てやぁ!」


 可愛らしく気合いを入れると月羽はバッグから折りたたみ傘を取り出し、そして――


    バッ!!


 瞬時に――それを開く。


    ババッ!!


 次に――瞬時にそれを閉じた。

 その間、わずか一秒。


「ど、どうです!?」


 どうですって言われても――


「すごいとしか言いようがない! 開くのが一々面倒くさい折りたたみ傘を一瞬で開き、更にもっと面倒くさい畳む作業を一瞬でやって除けるなんて!」


「ふふん。これが私の女子力です!」


 星野月羽、まさかここまで女子力が高い女の子だったなんて……


「月羽! その技、ぜひ僕にも伝授してくれないかな!?」


「いいですよ。私が教えるからには一時間でマスターさせましょう!」


 かくして……

 月羽師匠による『折りたたみ傘を一瞬で開き、一瞬で閉じる』技の伝授が始まった。

 僕が技を身に着けたのは、それから二時間後のことだった。







「やりましたね、一郎君。もはや私に教えることはありません」


「ありがとう月羽。折りたたみ傘の使い方はもう完全にマスターしたよ」


「おめでとうございます。一郎君は立派な……立派な『女子力使い』です!」


 この日僕は新たなスキルを身に着けた。


「今日の復讐です。一郎君、女子力の秘訣その1は?」


「はっ! 『貴婦人のような言葉使いを身に着けること』です!」


「女子力の秘訣その2は?」


「はっ! 『気持ちがホワホワするパンチは放てること』です!」


「女子力の秘訣その3は?」


「はっ! 『折りたたみ傘を素早く開き、且、閉じることができること』です!」


「お見事です! 私達は――完璧に女子力を理解し、うち一つを完璧に身に付けました!」


「……ということは?」


「経験値、獲得ですね」


    パチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!


 久しぶりに屋上で景気の良いハイタッチ音が鳴り響いた。

 そういえば経験値獲得したのって久しぶりな気がするな。この間のホラー執筆では失敗したし。


「今回は20EXP獲得、といったところでしょうか」


 ってことは、総EXPはこれで260か。

 って、アレ?


「思ったよりも低いね?」


 これだけ頑張ったのにたった20EXPか。


「はい。今日は『女子力』の一部を身に着けたに過ぎません」


 まぁ、言われてみればそうか。

 貴婦人のような言葉使いを身に着けたわけでもないし、気持ちがホワホワするパンチを僕はまだ放てない。


「ですので、次の日曜日、女子力を十二分に活かした行動を起こしましょう」


 日曜日……ということは……


「久しぶりに休日デートですよ、一郎君♪」



―――――――――


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もしよければそちらもご覧いただけると幸いです。


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