第40話 こ、これは経験値稼ぎなんです

 付き合う?

 何に?


「今から私と高橋君は恋人同士です。いいわね?」


「…………………………ぇ?」


 玲於奈さんが何を言っているのか、全然分からなかった。

 付き合うってまさかその『付き合う』?

 でもどうして?


「『どうして?』って顔してるわね」


 顔に出てしまったか。

 ていうかこれは顔に出てしまっても仕方ない。

 今の言葉を受けて顔に出ない人なんてもはや人間じゃない。


「まっ、教えてあげないけどね」


 悪戯っぽく笑う玲於奈さん。

 煽る様に言ってきた割には教えてくれないのかよ。


「今から私と付き合う上で二つ注意事項を申し上げます」


 何が起こっているのか頭で考えが追いついていないのにドンドン話を先に進める玲於奈さん。


「一つ、私に触らないこと」


 『付き合おう』と言ったばかりなのに、次の言葉は『お触り厳禁』ときたもんだ。

 訳が分からな過ぎて泣きそうなんですけど、僕。


「二つ、貴方から私に話しかけてこないこと」


 この言葉が一番意味不明だった。

 つまり、玲於奈さんが話しかけてくるまで僕に話しかけてくんなってこと?

 それ、付き合っているっていえるの?


「三つ、質問は一切受け付けません。以上」


 注意事項二つじゃなかったのかよ。

 つまりなに? 触っちゃ駄目、話掛けちゃ駄目、それがなぜなのか聞くのも駄目。だけど付き合おうってこと?


 僕を馬鹿にしているとしか思えない。


 だけど……


 それでも僕は……


「えっと……よ、よろしく……お願いします」


 精一杯の勇気を振り絞り、ようやく僕はその一言を言葉に出す。

 同時に右手を差し伸べる。


 どんなに理不尽でも、学校一の人気者と付き合えることに微かな喜びを感じていた。


 いや、違う。


 玲於奈さんが好きとか――


 学校一の美少女と付き合えるとか――


 そんなこと以上に――


 ……いや、やめておこう。そんなことを思っていては自分が虚しくなるだけだ。

 今は素直に成り行きに任せてみようと思った。


 だけど……

 

 ――それがいけなかったのだと、僕はこの時点で気付くべきだったのかもしれない。


「ええ。今日から恋人同士ね。高橋君」


 付き合いだしても彼女は僕のことを名字呼びのままだった。

 そして、差し伸べた右手を握り返してくることもなかった。




    ****




 デート開始一分で僕は早くも後悔していた。

 行先を全く考えていなかった自分に。


 『デートのプランは男の子が考えるんだゾウ』ってマニュアルのゾウさんが言っていたのに、それを考えてくるのを忘れていた。

 ていうかいつもいつもプランは月羽任せだった自分が無性に恥ずかしくなってきた。


「というわけで月羽さん。今日の行先を教えてください」


「はい♪ お任せアレです!」


 だけど月羽は嬉しそうに答えてくれる。

 次の機会では僕が行先を決めよう。うん、そうしよう。


「今日の行先はこのサイコロが決めてくれます」


「いつか聞いたセリフだ!」


 たしかリアル迷いの森のトラウマを作った元凶でもあるサイコロだ。

 それを再チャレンジするというのか、月羽よ。

 とんでもないチャレンジ精神だった。


「『4』が出たら振り直します」


 堂々とズル宣言をするところもさすがの月羽さんだった。

 やっぱり月羽もリアル迷いの森には二度と近寄りたくなかったか。


「というわけで一郎君。サイコロを振ってください」


「やっぱり僕が振るの?」


「だから私が降ってどうするんですか」


 この返しももはや久しぶりだ。

 なぜか僕にサイコロ振らせたがるんだよなぁ、この子。その辺りの思考が未だに理解できない。

 とにかくサイコロを振ろう。「4」を出さないことを祈りながら。


「えいや」


 真っ赤なサイコロが転がる。

 サイコロを振る際、若干スピンをかけるのが僕のこだわりだ。どうでもいいけど。

 やがてサイコロは止まる。


「あっ『1』だ」


「今回は近場ですね。では電車に乗って次の駅で降りましょう」


 手を引っ張りながらズイズイと駅のホームへ向かっていく月羽。

 この手はデート開始からずっと離さずにいる。

 月羽には内緒だが、女の子に免疫のない僕は緊張で常に心臓がドキドキしていた。

 とりあえず今の所、完全に月羽のペースだった。







「…………」


「…………」


 電車に乗っている間、双方ずっと無言だった。

 その理由は明らかだ。

 電車内でも僕らは手を握り合っているからである。

 なぜか月羽はこの手を離そうとせず、僕も何となく手を離す気にはなれなかった。

 僕らは繋いだ手を隠すように身を寄せ合っている。

 それが余計にドキドキを演出していた。


「……一郎君」


「な、な……なに!?」


 月羽が不意に話かけてくるが、思ったよりも彼女の顔がすぐ傍にあったので言葉を詰まらせてしまう。

 この距離、放課後の屋上ベンチでも中々ない近さだ。ていうか最近月羽との距離が妙に近い気がする。

 もはや最初の頃のベンチの端っこと端っこに座っていた時が懐かしい。


「け、経験値稼ぎを開始します」


「それは、えらく突然だね」


 なぜか顔が赤い月羽。たぶん僕も。


「ず、ずっと……手を握り合っていましょう」


「それは……また……うん……」


「い、一時間手を握り合っていられたら10EXP獲得でどうです?」


「りょ、了解。てことは……その……二時間手を握り合ってたら20EXP?」


「は、はい。三時間なら30EXPです」


 努力に応じて経験値が増えていく形か。中間テストの経験値稼ぎに似ている。


「な、なるほど。大量EXP獲得のチャンスだね」


「は、はい。こ、これは経験値稼ぎなんです。大量EXP獲得を目指すのは……その……当然ですよね」


「う、うん。その……頑張ろう」


「はい……頑張りましょう」


「…………」


「…………」


 再び互いに黙りこくってしまう。

 なんだろうこの桃色に近い空気感は。

 今日、ずっと心臓さんがビート刻みまくりなんだろうなぁ。

 だけど繋ぎ合わせた手の体温はなぜか心地よくなってきていた。







 同時刻。

 同じ車内にて桃色空気の二人を遠くから見つめている一つの影があった。

 その人物は息を荒げていた。


「ハァハァ。月ちゃん可愛いよ。小野口さん、キュンキュンしっぱなしだよ……ハァハァ」


 一郎と月羽を見つめるその視線は完全に変態の域に達していた。


「くぅ~~、二人とも何を話しているんだろう。気になるよぉぉ」


 離れた場所で観察している為、二人の会話は聞こえていないみたいだが、手を握り合って身を寄せ合っているその姿を見るだけで彼女はすごく幸せそうだった。


「嗚呼。でも尾行してよかったぁ」


 眼鏡の奥に幸せそうな顔が確実に浮かんでいる。

 秀才の休日は勉強よりも友人の尾行の方が遥かに重要みたいだった。







 駅から降りて気付いたことがある。


「あっ、ここ僕の通っていた中学校の近くだ」


 懐かしい景色だ。高校入学後一度も来ていなかったから一年半ぶりくらいか?


「そうなんですか?」


 小さく首を傾げる月羽。細かい仕草がいちいち可愛い。


「うん。南中学校。緑のダサいジャージが特徴的なあの学校だよ」


「あっ、知っているかもです。体操着はともかく制服は可愛い所ですよね」


 うーん、確かに。特徴的な制服だった気がする。男子は普通の学ランだったけど。

 今思えば何かと女子優遇な学校だった気がする。女子だけ更衣室があったり、制服のデザインに凝っていたり……


 しかし、女子か。

 嫌でもある人のことを思い出してしまう。


「アレだけ可愛い制服でしたら一郎君も目を奪われたりしていた女の子とか居たんじゃないんですか?」


 からかうように問いかけてくる月羽。


「……ぅ」


 だけどそれが図星だった故に僕は言葉を詰まらせてしまう。

 図星が月羽にも伝わってしまったみたいだ。


「…………」


「…………」


 またも二人で黙りこくってしまう。

 そして――


    ギュゥゥゥウウウウウウゥゥゥッ!


「痛い痛い!? ど、どうしたの急に!?」


「……知りません!!」


 急に不機嫌になった月羽。

 彼女の機嫌はしばらくの間、治らなかった。







「マニュアルによると映画みたり喫茶店に寄ったりするのがデートの定番なんだって」


「う~ん。でもそれってこの間の休日経験値稼ぎでやりましたよね?」


「そうなんだよなぁ」


 前回、知らないうちに僕らは定番をこなしてしまっていたみたいだ。

 しかし、他に遊びどころが思い浮かばない。この街は特に田舎だしなぁ。


「私がもらったマニュアルには水族館や遊園地に行くのもいいみたいですよ」


「残念ながらこの街にそんなハイカラなものはないんだ」


「ていうことは映画館はあるのですか?」


「一応ね。この間の映画館よりは小さな所だけど、映画の種類は豊富だよ。行ってみる?」


「はい♪」


 嬉しそうな返事だ。さっきまでだんまりとしていて終始機嫌悪かったのに。

 映画好きなのかな?

 とにかく行先が決まったことで僕が先導するように彼女を引っ張る。

 これも小野口さんからもらったマニュアルに書いてあったことだ。


『男が先導するのは当たり前だゾウ。でも女の子に歩幅を合わせるのはもっと大切だゾウ』


 ゾウさん、僕頑張ってみるよ。

 月羽の前を歩きながら、歩幅を合わせる。

 っていうか、自然と歩幅は合っていた。

 僕ら歩調同じじゃないか。また変な所で周波数があっていた。


 そんな感じで二人で歩いていると、ふと大きな道に出た。

 そこで僕はもう一つ、ゾウさんの言葉を思い出していた。


『男は車道側を歩くのが基本だゾウ』


 しまったなぁ。現在車道側を歩いているのは月羽だ。

 それも困ったことに手を握り合う経験値稼ぎ中だから位置を入れ替えることが出来ない。

 素直にマニュアルのことを話して位置を入れ替えるのもアリかもしれないけど、それはなんだか格好悪い。

 なんとか自然に、尚且つ手を繋いだまま僕が車道に立つしかない!

 ここは僕の腕の見せ所だな。


「ねぇ、月羽」


「はい? なんでしょ――って、アレ? 一郎君が居ないです!?」


 僕の姿を見失った月羽がキョロキョロと辺りを見渡す。

 しかし、僕の行動はすでに済んでいる。


「――残像だ」


「いつの間に反対側に!? しかもいつの間にか反対側の手を握り合ってます!?」


「僕が本気を見せればこんなもんだよ」


「なんで今本気出したんですか!?」


 とにかくこれで僕が車道側に移ることができた。

 やったよゾウさん! これで良かったんだよね、小野口さん!




    ****




「不自然すぎるよ!」


 二人を尾行していたプリティ総帥がその様子を見てツッコミを入れていた。


「う~ん。高橋君にあげたマニュアルにはもっと細部まで記しておくべきだったなぁ」


 さすがの彼女も一郎が残像を操って車道側へ移動するとは思ってもいなかったらしい。


「あの二人、いちいち予想外過ぎて心配なんだよなぁ。まっ、そこが面白いんだけどね」


 なんだかんだ言ってプリティ総帥も休日を堪能しているみたいだった。




―――――――――


宣伝失礼します。

新作【転生未遂から始まる恋色開花】の投稿を始めました。

もしよければそちらもご覧いただけると幸いです。


♡応援する ☆評価する でご支援いただけると本当に励みになります!

もし良かったらご評価の程お待ちしております。

コメントなども頂けると幸いにございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る