第29話

「仲睦まじく、結構結構!」


 ガハハと笑うマルコフを横目に、私はレオンのエスコートを受けて玄関へと向う。


「こうして並んでみると、とてもお似合いではないですか」


 おっと、今マルコフが「よっこらせ」と太鼓を肩に担いだのが見えた。


「今夜の為に衣装も色合わせしてきたようだし、今日の主役は二人に決まったも同然ですなぁ!」


 そんなわけがない。夜会の主役は夜会を開いた側にある。私達ではない。

 しかしマルコフはさらに「ヨォーオッ!」と掛け声でもかけそうな勢いで、言葉を打ちつけていく。


「きっと誰もが侯爵様とリーチェに注目する事でしょう。なにせ、新たに婚約を結んだばかりの二人なのですからな。候爵様の聡明さとみなぎる強さに惹かれる女性は多いのだと噂されていましたが、まさにまさに! 若くして当主を担うお方なだけありますなぁ」


 ポンポンポンポンポン!

 わかりやすくヨイショするマルコフの言葉に、レオンは何も言わない。


 怖いのは、マルコフがさりげなく“婚約を結んだ”とか言ってる事だ。いや、結んでないし。確かにレオンはその意思があると仄めかす手紙をマルコフ宛に送っているはずだけど、婚約してないし。

 勝手に事実をねじ伏せつつ、外堀を固めるように噂でも流し出しそうな勢いで、さすがにこれは危険だ。


 マリーゴールドに出会った時に私もレオンも傷がない状態にする為にも、実際には婚約なんてするつもりがないというのに。

 話に割って入ろうとするけど、マルコフは更に言葉を畳み掛けた。


「今夜のパーティ以降、二人は話題の中心人物になるでしょうな。この二人がこんなに愛し合っていると。誰も二人の間には割って入る隙などないというように」


 ああ……あれほど釘を刺しておいたのに、ぬかに釘とはまさにこの事だ。めちゃくちゃ婚約をプッシュしてくる。このまま放置すれば、やがては結婚話を言い出すに違いない。

 それはさすがに困るーーそう思って、口を開いた瞬間だった。


「……ええ、そのつもりです」


 レオンは優しい視線を私に向けた。

 氷と同じ色をした瞳には、春の訪れを感じさせる色が映し出されているように見えて、思わず首を捻ってしまった。

 けれどそんな私の様子を見て、レオンは笑みを零した。


「誰も私とリーチェの間に割って入らせるつもりなど、ありませんので」


 赤く柔らかな私の髪をひと房掴み、レオンはそこにキスをする。キスをしながらも、視線だけは私をしっかりと見据えている。


 ーー今一瞬、私の視界に天使が見えた気がする。とうとう天国からお迎えが来たのだろうか。

 私はハッとして鼻に手を当てた。どうやら鼻血は出ていないらしい。イメトレの成果は思った以上に現れてるのかもしれないな、なんて思った矢先。


「……私の前では、あなたの愛らしい顔を隠さないでいただきたい」


 そう言って、私の鼻血防波堤を相変わらずいとも簡単に決壊させるこの男。優しく手を握りしめられているというのにこの力に抗うことが出来ないなんて、なんて強力なんだ。

 力ではなく魔力? 結界? 目に見えない何かが、私をがんじがらめにする。

 振り払う事など容易いはずなのに、全くもって抗えない。


「万が一鼻血を出されても、私がそばにいるのですから大丈夫ですよ。いつでも私がそんなあなたの姿を隠して差し上げますので」


 それは、この前みたいに抱きしめて……って事なのか?

 ああ、神様。私の第二の人生をこの世界で生きれるようにしてくださって、本当にありがとうございます。感謝の気持ちが伝わるように、大事なことなので二度言います。

 神様、本当にありがとうございます。


「侯爵様は噂と違い、私が思っていたよりも女性に慣れていらっしゃるようですな?」


 ちょび髭を撫で付けたマルコフは「ふむっ」と言いながら考え込むような表情を見せている。


「まさか。今でこそ遠征回数は減っていますが、普段の私は戦地へ赴き、女性との交流はほとんどない生活を送っておりましたので、噂通りの堅物ですよ」

「ですが……?」

「男爵はおかしな事を言いますね。相手がリーチェだからに決まっているではありませんか。私が女性に慣れている訳ではありませんよ。全ては相手がリーチェだからです」


 そうでしょう? なんて言いそうな表情で私に視線を向けるけど、なんて答えたらいいのか分からないんだけど。

 分からないけど、頭がクラクラして来た事だけは確かだ。

 その時ふと、私の鼻腔にかすったほのかな香り。私は鼻をクンクンと犬のように動かした。


「レオン様、今日はあの香りをつけていらっしゃいますか?」


 あの香りとはもちろん、毎度おなじみ媚薬香水のことだ。

 甘く、妖艶で魅惑的な香りに、今の今まで気づかなかった。むしろ香りなんてなくとも、レオンは魅惑的だ。今日は特に。

 私が彼から香る仄かな媚薬の匂いを嗅いでいると、レオンはにっこりと笑みを零した。


「ええ。この香水を今日付けずして、いつ付けろというのですか?」

「ですが、これは念のためとおっしゃっていたではありませんか」


 今現在使用したい相手がいないと言ってたよね? 将来使いたい相手が見つかった時用に……みたいな。

 大勢の令嬢がやってくるパーティの日につけるなんて、正気なの? それでなくともレオンは人気者だというのに、プラスで媚薬の効果がある香水をつけてたら、虫のように女性が集まるに決まっている。

 まるでゴキ●リホイホイじゃないか。

 いや、綺麗に着飾った令嬢をゴキなんて言うのは表現が間違ってるな。美しい花に美味しい蜜を求めて群がる蝶やミツバチといったところだろうか。


「今日はどうしても虜にしたい女性がいるのでね」


 そう言って、レオンは再び私の髪にキスをした。

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