第3話
「初めまして、トリニダード男爵令嬢」
肩まで伸びる白銀の髪が光を受けて、煌びやかに輝きを放ち、後頭部で一つに結んだ髪から一房落ちる前髪の隙間から、情熱とか灼熱とかの言葉を彷彿させるような赤い瞳が、怪しく私に向けてきらりと光っている。
陶器のようななめらかで白い肌。薔薇のように赤くて薄い唇。180センチの身長は、私を上から見下ろすには十分で、彼は私が逃げられないようにと、背後の壁に手をついていた。
……なんで? なんでキールがここにいるの?
招待客リストは事前に調べていた。キールが今どの令嬢と関係を持っているのかとか、どの夜会に参加するつもりだとか。
女たらしで有名だけに、その情報は簡単に手に入る。令嬢の中にはキールの素行を良く思わない女性もいるが、なにせこの美貌! なんだかんだと言って、キールに言い寄られればイチコロだ。
っていうか、フルカラーで実際に動く自分のキャラを見るのって、本当に最高! ……なんて、そんな風に思ってる場合じゃないって分かってるのに、そう思わずにはいられない。
何せ私はこのマンガのアニメ化が決まったけど、それを実際に見る前に死んでしまったのだから。
「なんだ、緊張して固まってるいるのか?」
そう言って、私の長い髪を一房掴み「チュッ」なんて音を立ててキスをする。
やばい。鼻血出そうなんだけど。
思わず鼻を抑えながら、私はなるべくキールから距離を取る。背中には壁だ。これ以上は下がれない。けれどせめて顔だけでも離したいところだ。何のフレグランスを使ってるのかは分からないけど、すっごくいい匂いがする。マンガでは匂いまで設定してなかったけど、彼の登場シーンでは背景に花弁を飛ばしまくってたから、それか……?
「あ、あの……」
いつまでもこうしているわけにはいかない。私は勇気を出して、ワナワナと口を開こうとすると、鼻を抑えていた手を掴まれ、今度は手の平にキスをされる。
――ひー!
絶叫しそうになるのを、必死になってこらえる。
「そ、そういうことは、おやめください」
「そういうこととは、これのことか?」
「ひっ!」
今度はさすがに声が漏れてしまった。
キールは私の指をパクリと食べ、さらに顔を距離を詰めたせいだ。
私達、初対面だよね⁉ なのに引くどころか、ぐいぐいくるじゃん……! さすがは女たらし‼
「
「こっ、こんなことされては困ります! 道を開けてくださいませ」
空いた手で押し返そうとするが、びくともしない。さらにはなぜかアゴクイまでされてしまう始末。
無理やり顔を向けられた先には、情熱の赤が私の姿を映し出している。その瞳には面白いものを見るような、リーチェという令嬢を見定めるような、そんな色をのせている。
「俺のことを避けていたのだろう? なぜだ?」
えっ、バレてたの? ってかなんで? 会ったことのない令嬢を気にすることなんてある? むしろどうやって私のことを知ったの……?
「俺は社交界に参加している令嬢のことは把握しているつもりだ。たとえまだ一度も会ったことがないとしてもな」
さすがは、キングオブ遊び人! しかもこんなにあっさり言われてしまうと、いっそのこと清々しいな。
「もちろん、リーチェ嬢のことも把握済みだ」
把握とか言っちゃってる。普通に考えたら怖いし、気持ち悪い話なのに、ビジュアルが良すぎて「ああそうですか」とか思いそうになってる自分も怖い。
というか、自分が作ったキャラなのに、自作のキャラにのまれそうになってる自分もヤバいな。
この状況とキールの発言に、脳内で突っ込みまくってたせいで、今私の前にはキールが壁ドンをしながらアゴクイをしてるって事実をすっかり忘れていた。
はっと我に返った時、キールの顔がどんどん私に向かって近づいてきていた時だった。
「なっ! にを、しようとなさってるのでしょうか……⁉」
拳一つ分の距離にキールの唇がある。私はそれを両手で押しのけた。
これ、絶対キスしようとしてたでしょ! あっぶなかったぁ! 油断も隙も無いなっ!
だけど私の手を掴み、封鎖したキールの口が再び開かれた。しかも眉間にシワを寄せながら。
「キスをせがんできたのは、そちらではないか」
はいぃ?
「私がいつ、キスをせがんだと言うのでしょう?」
「俺の顔をじっと見つめながら、黙っていただろう?」
お前の要求に答えてあげているだけだぞ、とでも言いたげに、キールは目を細めながら首をひねる。
いやいやいやいやいや!
お前の前で黙り込んだらダメなのか? 黙り込んだ令嬢全員にキスのプレゼントをするのか?
思わずそんな言葉を吐き出しそうになって、必死にそれを飲み込んだ。代わりに別の言葉を考え巡らせ、口からポロッとこぼす。
「突然のことに、驚いていたのです」
「ふっ、皆そう言うんだ」
言い訳だと思ってる……脳内お花畑がすぎる。
「どうせ俺のことを避けていたのも、俺の気を惹くためだったのだろ?」
マジでコイツの脳みそは花だな。今まで会ったこともないのに、気を惹くためにキールの参加する夜会を避けるっておかしくない?
令嬢の行動は、全て俺の気を惹くためにやっていること。なんて思ってるんだよね。ナルシストというか、カン違い野郎もいいところだ。
ただ、キールは本当にモテる。何度も言うようにその美貌と肩書き。そんな男からグイグイ迫られれば、普通の令嬢ならダルマが転ぶよりも簡単にコロンといっちゃうだろう。
……って、私がそう設定したんですけどねっ!
「ほら、また無言だ。それは無言の肯定ととらえていいんだな?」
しまった! 馬鹿みたいに都合よく解釈していくキールの脳内お花畑に、思わず唖然としてしまった。それが結果としてキールに隙を与えるキッカケとなってしまった。
「だから、ちがっ!」
そしてすかさずアゴクイと、私の手を抑えつけて封じるその手。さすが女たらし、手慣れている。
「
たまには……なんて言ってる地点で、本気じゃない。完全に火遊び相手としてしか見てないじゃん。田舎令嬢ってだけで相手を舐めくさっている。
ううん、コイツは女性というものを見下しているんだと思う。だからこんなにとっかえひっかえするんだ。女たらしという設定以外、考えたことはなかったけど今のキールを見てるとそう思う。
私が細かく指定しなかった裏設定は、このマンガの世界なりの補正なのかもしれない。そんなことを考えていると、キールはさらにこう言った。
「安心しろ。キスくらいで孕んだりはしない。……ただ、キスだけで済むかどうかは知らんがな」
極めつけのクズいセリフ。私の想像しうる限りの容姿を総動員した男だけど、反吐がでるほど嫌いなクズ男でもある。
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