第2話
*
リーチェ・ロセ・トリニダードは、『青愛』ではモブ令嬢だ。
私が描くマンガのキャラは基本、全キャラ全力投球で描いてるから、愛着はあるけど、位置づけは正直よくない。なぜなら彼女は、恋に溺れ、そして破れて自殺する設定だから。
『青愛』はヒーローである男主人公レオン・ベイリー・バービリオンとヒロインの女主人公マリーゴールド・エマ・クレイマス。そして女たらしのキール・ロッジ・コーデリアの三人がメインキャスト。
キールは超美形で私の好みを選りすぐった顔に描いたけど、中身はただのクズ野郎。女性を見ればすぐに手を出し、地位も名誉もある公爵家なため、偉そうな俺様だ。
完全に顔だけの悪役なんだけど、悪役にも愛着がわくようにって外見を私好みのイケメンにするため、力を注ぎまくった男だ。
そんなキールに想いを寄せるのが、リーチェ。リーチェは父親が商人で爵位を買い取った田舎男爵。
田舎者ゆえに、箱入りというか奥手。そんなリーチェが新鮮に見えたのだろう、キールは彼女に手を出し、リーチェはキールに惚れ込んでしまう。
女たらしのキールはリーチェを良いように言いくるめ、彼女を暇つぶしの相手としてキープしていたに過ぎないのに、リーチェは一途にキールを想う。
やがてキールがマリーゴールドにちょっかいをかけ始めるが、マリーゴールドはキールに見向きもしない。その様子が気に食わないキールはさらに彼女を追う。するとリーチェのことなど一切相手にしなくなり、想いが強すぎるがゆえに、リーチェは自殺をする。
自殺をすることで、キールの意識に残ることを祈って――。
……我ながら、何てストーリーなんだ。
まぁ、まさか自分がその、リーチェ・ロセ・トリニダードになるなんて、思わないじゃない?
ひとまず私は、大した役割も与えられてないモブ令嬢。自殺するという話だけど、そこはモブキャラ、さらっとそういう話が夜会の場で話が流れる程度だ。
自殺なんてするつもりもないし、前の唯奈の体に戻れるならそうしたいけど、たぶん私は――死んだんだと思う。階段から落ちた時の痛みや衝撃、それらはしっかりと覚えてる。むしろあの状態で生きてる方が奇跡だと思えるくらいだ。
自分が死んだというのに、どこか淡々としてその事実を受け入れられるのにはきっと、他に驚くべきことのインパクトが強すぎるせいだと思う。まさか自分が異世界に、それも自分が描いた世界に転生するなんて思わなかったし。そっちを受け入れる事の方が、自分が死んだという事実よりも受け入れがたかったくらいだ。
兎にも角にも、幸か不幸か私はこの『青愛』の世界に転生した。
自分が手塩にかけて作り上げたキャラクター。自分が丹精込めて紡いだストーリー。モブキャラとはいえ、どのキャラにも愛着を湧くようにキャラづくりをしてきたつもりだ。
鏡の前に立つと、この赤い柔らかな髪に、はちみつのような美しい瞳を見るだけで、テンションは上がる!
この世界で、私は絶対幸せになってやる! せっかく得た新しい人生でまで死ぬなんてこりごりだわ! しかもその死因が自殺なんて……絶対するもんか!
余計なことは考えず、将来のためにお金をためなくちゃ。ラッキーなことに、父親は商人だから異国の変わったものが手に入るはずだし、それなら前世の知識を生かして何か商売を始めてみるのはアリだな。
父親との関係は良好だ。けれど彼はどこまでも商人。利益になる事しか考えていない。元々平民出の父親がお金をつんで買える爵位は男爵まで。それ以上は騎士にでもなって功績をおさめ、更なる上の爵位を皇帝から授与してもらわない限り不可能だ。
もしくは家族が上位貴族と婚姻関係を結ぶか……選択肢としては後者しかない。それが分かっているだけに、父親は私に婚約の話を持ち掛けるだろう。相手がどんなだろうが、彼に欲しいのは爵位。おっさんやデブハゲと婚姻を結ばれる可能性は否定できない。
なにせ私はモブキャラで、さらに貴族からは疎まれるようなお金を積んで得た爵位を持つ貴族。家計が傾いているような貴族でもない限り、良い縁談は難しいだろう。
けど、夜会には参加しようと思う。確率は限りなく低いけど、もしかしたら良い縁談が見つかるかもしれない。父親の目が届かない場所で、自分の目を養う良いきっかけにもなるし。
ただ、リーチェは田舎者の男爵だ。きっと夜会では田舎者扱いされて見下される可能性だってある。
もしくは、田舎者だから帝都慣れ、男性慣れしてないと思い、ちょっと遊びに引っかけようとする輩が現れないともいえない。
現にリーチェはキールという遊び人に引っかかるのだから。
まぁ、私はそうなるつもりはさらっさらないんだけど。
そうなると私が夜会に参加する一番の目的は、自分でビジネスを始めて、貴族たちにビジネスアタックをしていくこと。
例え見下されたとしても、仕事のためだと思えば人の陰口や悪口はへっちゃらだ。前世のSNSでボロクソ叩かれて鍛え抜かれた、私のメンタル力見せつける時じゃん!
――そう思って、私はキールの参加するであろうパーティにはかたっぱしから避け続けた、数か月。
この瞬間に、私の努力はあぶくの様に消えていった。
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