第50話
今日は忙しい。なぜならば、私の事業をさっさと拡大してメインキャラ達からも、マルコフからも逃れなければならないから。
レオンは仕事のできる男だ。私が依頼していた錬金術師も見つけてくれ、既に購入済みの香水ショップで錬金を始めてくれているらしい。
だから私はその錬金術師に会うついでにショップの下見もしておこうという魂胆だ。
錬金術師を探すのはレオンに一任していた。私にはコネもなければ、金額交渉等もレオンがする方がいいに決まってるからだ。
男爵令嬢の小娘が……と足元を見られないためにも、レオンが表立って探してくれた方がいいと考えたからだけど、ショップに関しては口を出させてもらった。
土地は貴族が好みそうな品の良い高級買い物街。内装は派手にはせず、シンプル。けれど上品で洗練された見た目に。窓も大きく作り、店内に自然光が入り、かつ外からも覗きやすいというもの。
馬車が止まった。その後すぐに、扉をノックする音が聞こえた後に扉が開いた。
「リーチェお嬢様、到着いたしました」
従者の手を取り馬車から降りると、私が要望した通りのショップが目の前に立っていた。
女性はもちろん、自分用に、もしくはプレゼントする女性用に男性が足を踏み入れることも想定した高雅な様子に、思わず私の胸が躍る。
……けれど、そんな気持ちでいられたのもほんの一瞬だった。私はすぐさま、奈落の底へと突き落とされたような気持ちに陥ることになる。
「……レオン?」
大きな窓ガラスの向こう側には、黒い髪に青い瞳のレオンがいる。そして、その隣で笑って立つのはーーマリーゴールドだった。
……なんで? なんでここにマリーゴールドがいるの? なんで二人が一緒にいるの?
呼吸の仕方を忘れてしまうほど、ガラス越しに二人を見つめる私は、なんと滑稽な姿だろうか。
レオンの表情はどこか穏やかで、背の高いレオンを必死に見上げているマリーゴールドの頬には彼女が着ているドレスと同じ、ピンク色が広がっている。
二人が出会ったのは昨日が初めてのはずでしょ? それなのに翌日の今日、二人は一緒に街を出歩いてるというの? それも、私に隠れて……?
心臓の鼓動はドクドクと早まっているのに、どんどん体の臓器が冷たく凍っていくような感覚がする。その上地面が裂けて、そこから奈落の底へと落ちていくような感覚にを覚えて、思わず足元がグラついた。
「リーチェお嬢様!」
慌てた様子で側にいた従者が、私の体を支えた瞬間ーー私はレオンと目が合った。
ーーリーチェ!
彼がそう叫んだのであろう事は、その口の動きと表情から読み取れた。そんなレオンの様子を見た瞬間、私はよろめいていた足にグッと力を込めて地面を踏む。体を支えてくれた従者の手をそっと押し戻した時、レオンはショップの扉を開け放ち、私の元まで駆けてきた。
「リーチェ! 大丈夫ですか⁉︎」
皮肉だ。レオンの慌てた様子を見て、私の心は次第と落ち着きを取り戻す。
奥歯をグッと噛んで笑顔を取り繕いながら、私は丁寧にお辞儀をする。
「これはこれは、レオン様。まさかレオン様も今日こちらにいらしてるとは思いもしませんでした」
「挨拶などいいのです。それよりも体調は大丈夫ですか? 顔色が悪いようですし、リーチェが今しがたフラついた様子が店内から見えましたが……?」
「心配してくださって、ありがとうございます。今日はあまりにも天気が良く、薄暗い馬車から太陽の下に出た時に、一瞬めまいがしてしまっただけです。一過性なものですので、ご心配には及びません」
レオンが私をエスコートするかのように、手を取った。けれど私はその手をすぐに離してしまう。レオンが開け放ったショップの入り口から、マリーゴールドがこちらを見つめていたからだ。
マリーゴールドのどこか申し訳なさそうな表情を見て、一気に居心地が悪くなる。
「……リーチェ?」
「それよりレオン様。今日はどうしてこちらに? しかも昨夜のご令嬢も一緒のようですが?」
声がどんどんAI化していく。自分の声なのに、自分のものじゃないみたい。
せめて責め立てている風には聞こえない様に笑顔を作り、レオンの肩越しにマリーゴールドに視線を向ける。
「ああ、彼女とは偶然店の前で会ったのです」
偶然? そんな偶然って、ある? 昨日出会って、その次の日に店の前でばったり出くわす? 嘘くさすぎるでしょ。
まるで彼氏の浮気現場を目撃してしまった気分だ。
レオンとは形だけのパートナー。周りには婚約すると言いふらしているけど、実際そこまでするつもりもない。
レオンが私に好意を持っていると言ったのはつい数日前の話だけど、それもマリーゴールドに出会った地点で無効だろう。六ヶ月後には綺麗さっぱり別れるつもりでいたし、そういう話だったはずなのに欲が出てしまった。
これだから恋愛経験ゼロのヤツって、面倒なのよ。聞き分けいいフリして、結局は嫉妬に駆られるんだから手に負えない。
……なんて、自分で自分の事を馬鹿にもしたくもなる。
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