第18話

「もちろん侯爵様の色恋に関して口を挟むつもりはございません。しかし、私達は足並みを揃えて事業を発展させるために手を組んだビジネスパートナーです。ましてや媚薬香水はこの事業の要となる可能性も秘めています。そんな中でパートナーが私的に媚薬に興味があるというのは、一抹の不安を感じずにはいられないのも事実です」

「これを使って犯罪でもすると? もしくは複数の女性を囲いたいと、この俺が考えているとでも言いたいのか?」


 ……ひぇっ!

 めちゃくちゃ怒ってるじゃん……さっきまで一人称で私って言ってたのに、今では俺になっちゃってるし。

 つい数分前まで和やかに笑っていたレオンから、殺気のような冷気を感じる。声にもドスが効いてるし。

 帝国きっての騎士であるレオンの殺気は、一介の令嬢には拷問に近いんだけど! この空気圧だけで私、血を吐いて死ねる気がする……。


「いえ、そういうわけではありませんが……ビジネスでは私と侯爵様は公平な立場にいるはずです。ですので、万が一という不安は先に取り除いていたいという気持ちからの言葉でした。不快な思いをさせてしまった事は謝罪いたします」


 動揺してるの、バレたかな……? なるべく毅然たる態度で言ったつもりだけど。

 ってかそんなに睨まなくてもよくない? そりゃ、レオンが言うように、ただ香水を持っておきたい、今度そういう令嬢に出会った際の保険だ。

 なんて理由が本当なんだったら、こんなにも疑われるのは不快かな? と理解できなくもないけど。

 でもレオン、あなたはそういうタイプじゃないって事は、この私(作者)が一番よく知っているのだから。


「それでは逆に、こちらから質問してもいいか?」

「……はい?」


 レオンはスッと立ち上がり、コーヒーテーブルを挟んだ向かい側に座る私のそばに来て、私の隣にドサッと腰を下ろした。

 ……なぜ、隣に座る? しかも距離が近いんですけど?

 突拍子のないレオンの行動に、私はすかさずそっと、鼻に手を当てた。鼻血が出てしまわないか心配になったせいだ。

 足を組み、その組んだ膝の上にたて肘をついて顎をのせる。ほんの少し傾げた首からのぞく首筋が、やたらセクシーで心臓の音が高鳴る。

 サラリとした黒髪。小首をかしげたことで目にかかり、その隙間から覗く青い瞳が私を見つめているせいで……私に、心臓発作にて死亡するフラグが立ちました!


「リーチェ」


 ビクリ、と思わず体が跳ねる。

 おい、この至近距離で囁くように名を呼ぶのはやめてくれ。しかも急に敬称抜くのは確信犯なの? 私を心臓発作にて殺すための?

 今完全に私の機が死んだ。一機死亡だ。残り何機あるのかは知らないけど、きっと数は多くないはずだ。


「そういう君こそ、この香水は販売のためだけに作るつもりなのか?」

「それは、どういう意味でしょうか?」


 どことなくレオンの声に柔らかみというか、優しい感じというか、むしろ……甘く聞こえる気がするのは、媚薬香水の効果が効いてるせい? それとも元々私がレオンをそういうフィルターかけて見てるせい?


 ツンと鼻の奥で、なにかが私を鋭く刺した気がした。鉄の匂いをほのかに感じて、いよいよヤバい。鼻血放出までカウントダウンが始まった気がする。

 そう思って、私は少し後ずさる。レオンとの距離を少しでも開けようとしての行動だ。すると、レオンは鼻を抑えている私の手を取った。それは私の鼻血防波堤が決壊した瞬間でもある。


「リーチェこそこの媚薬で、どこぞの男を誘惑するつもりなのではあるまいか?」

「は……? いっ、いえいえっ! それは誤解です。私はただ、香りを楽しむのが好きなだけでそんなつもりで調合しようと考えた事は一度もございません!」


 これは本心だ。本心なのにドギマギしたこの状況のせいで、どこか言い訳がましく聞こえる。レオンがそう思ってなければいいのだけど……。


「それこそ信用できないな」

「ですが本心です。私は事業をしたくて、趣味だったこの香水作りを始めたのですから」


 ふむ、と首を傾げながらも私の手を離さない。視線も真っすぐ私を見つめている。

 その上わざわざレオンと距離を取ろうとしてるのに、彼はズイズイと距離を縮めてくる。さっきまで真ん中に座っていたはずなのに、今や私の背中にはソファーの腕置きが食い込むように当たっている。

 要はこれ以上逃げられない。


「なぜ事業を興そうと思ったのか、聞いてもいいか? あなたの父親であるトリニダード男爵の手腕は聞き入っている。リーチェ嬢がビジネスをしてお金を稼ぐ必要は無いように思うのだが?」

「それは……」


 このままだと良い嫁ぎ先を割当ててもらえる可能性が低いから、そうなった時用の逃走資金を貯めるためなんて、言えない。


「もしくはリーチェ、あなたは誰とも結婚をする気がないのか?」

「えっ?」

「私がトリニダード男爵なら、金銭の心配はないだろう。また、男爵位を買ったように地位を求めているのであれば、次に目指すのは上の位、男爵以上の爵位だろう。であれば一人娘の結婚を推し進めるのが通例な貴族社会の流れというものだ」


 すっ、するどいな。状況判断もばっちりだし、ほぼ正解じゃないか。

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