第17話

「実は、レオン侯爵様が私とパーティ参加を拒否された場合にと思い、切り札として作った香水なんです」

「なるほど。リーチェ嬢は私が断る事を本気で想定していたのだな。そんな話を聞くと、やはり一度くらい断った方が良かった気がしてくるな」

「残念ですがすでに一度了承されたので、取り消しは無効とさせていただきます」

「ははっ、安心してくれ、冗談だ。先程の返事に二言はない」


 声を立てて笑うレオンに、私は思わず目を見開いた。

 ……思ったより簡単に笑うのね。私の中でのレオンはもっと、冷淡で冷徹なイメージでキャラ設定したはずなんだけど?

 イケメンの笑顔ほどごちそうはないけど、不意打ちすぎてひっくり返るかと思った。三回転くらいする勢いで転びそうになったじゃない。


「しかしそうなると、私はその取り引きアイテムを受け取れないのだろうか?」

「いいえ、元々お約束しているものでもありますのでどちらにせよお納めください。まだ試作段階ではあるのですが、媚薬効果がある香水です」


 そう言った瞬間、今度はレオンの瞳が大きく見開かれた。切れ長の瞳が空に浮かぶ月のように丸く満ちていく様子に、私はやはり首を傾げそうになる。

 さらにレオンは組んでいた長い足をほどき、食い入るように香水に目を向けている。

 さっきの香水とはうって変わるほどの反応だ。どれだけ媚薬を心待ちにしてるんだか……。


「早速、確認してもいいか?」

「はい、もちろんです」


 手に持っていた箱をテーブルの上に置き、そっとレオンの方へと寄せる。するとレオンは神妙な表情でそれを受け取り、そおっと箱を開けた。

 今度の香水瓶はさっきのものとは違い、媚薬香水っぽさが感じられるようにピンクの小瓶に入っている。試作とは言ったものの、内容はほぼ完成している。


 トップノートにアニス、ミドルノートにイランイラン、そして一番重いベースノートにはローズウッドをブレンドした。どれも催淫効果が期待できると言われているアロマを選んだけど、特に催淫作用で有名なものとしてはイランイラン、もしくはジャスミンだ。

 今回はかの有名な絶世の美女、クレオパトラが愛用したとして有名なイランイランを採用することにした。クレオパトラの鼻がもう少し低ければ歴史が違ったかも……というような逸話が語られるほどの美女と聞くけど、香りに関しても似たような話がある。

 クレオパトラが甘く陶酔させるような香りを持つイランイランを好んでつけていたから、カエサルを落としたとか、なんとか。とにかくイランイランはそれくらい妖艶な香りと言われている。


「香りを試してみたいのだが、いいか?」

「もちろんです」


 ……なんか、ドキドキする。

 そんな真剣な表情されたら、こっちまで緊張してきて息止まりそうなんですけど。

 私がゴクリと喉を鳴らしたと同時に、レオンは香水瓶の蓋を開けた。そしてさっきとは違い、香水を宙には振りかけず自分にシュッシュと二振り。


「どうだ? 何か違いを感じたりするか?」


 えっ、私に聞くの? いや、いいけど。手っ取り早く試してみたい気持ちも分かるけど。


「そうですね。正直私には特段違いは感じられませんね」

「……そうか」


 ……媚薬効果の期待値、高すぎない? なんかめちゃくちゃ落ち込んでるじゃん。

 そもそもレオンはそんな香水つけなくとも、私からすれば見目麗しく妖艶な男なので、香水の効果云々ではないのだけど。

 だからこの媚薬を使う前と使った後に違いを感じるか、なんて聞かれると違いは感じない。


 じゃあ俺に惚れそうになるか? と聞かれれば、惚れる! というか、むしろすでに惚れている‼ なぜなら私の理想と好みを詰め込んだ存在だから!

 と言えるんだけどな。ただしその場合も、香水の有無は関係ないけどね。


「レオン候爵様、一体誰にそれを使いたいのですか? そろそろ本当の事を教えてくださってもいい頃合いかと思いますが?」

「いや、先日伝えたように、これは今後の為の保険であり、誰か特定の相手に使いたいという意味ではない」


 嘘つけ。


「神に誓って、決して誰にも口外はいたしません。ビジネスパートナーである私を信じては下さらないのですか?」


 共にビジネスをやっていこうという仲な訳だし、お互いの信頼は大事だと思う。

 だから情に訴えかけるようにほんのり視線を落とし、シュンとした態度を見せつけた。


「もちろん。あなたの事は信頼に足る存在だと感じているからこそ、こうして共に事業をしようと言ったのだ。むしろそこは信じてもらいたいところだな」

「であれば私にも信じられる要素が必要かと思いますが?」

「……私が信用できないと?」

「少なくとも媚薬香水を欲する候爵様に関しては、そうですね」


 信頼というか疑問というか。キールと違ってレオンは信用できるけど、それとこれとは別の話よね。

 というかなぜ彼がこんなものに固執しているのかが気になるというのが、私の本音なのだけど。

 普通に聞いても答えてくれないから、方法を変えるしかないよね。


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