第16話

 ……ひぃっ!

 思わず声を上げそうになったのを、必死になって抑える。イケメンに無言で見つめ返されたら、心臓が持たない。だけどこれに慣れなければならない。なぜなら私は、これからもっと大それた事を彼にお願いしなければならないのだから。

 大丈夫。あれからずっと私はありとあらゆる角度からのレオンの似顔絵を描きまくり、目が合っても鼻血を出さないような、まさに血のにじむ訓練を繰り返してるのだから(現在進行形で)!

 イラストは角度を変えながらも、レオンの視線は真っすぐ私に向くように描いた。変態臭いと言われようとも、そうでもしなければこの美貌に一生慣れる事はないだろう。

 キャラデザしてる時、私の漫画を担当してくださっていた編集者さんにはヒーローは無駄すぎるくらいにイケメンに! って言われて描いたのもあるんだけど、イケメンに無駄なんてないな。むしろごちそうさまです! 同じ空間にいて、同じ空気を吸えるだけで幸せです‼


「ところで、リーチェ嬢。今日は相談があると言っていたが、それは一体どういう話なんだ?」


 再びレオンの青い瞳に私が映り込む。サラツヤな前髪の隙間から覗くその目に、無駄にドキマギしてしまう。どうやらまだまだ鍛錬が足りていないようだ。

 そんな胸の内を悟られないように、紅茶を一口飲んでから、私はゆっくりと口を開いた。


「コーデリア公爵様より招待状が届きました。どうやら近々、公爵様のお屋敷でパーティを開くそうで、そこに私が招待を受けたのです」


 形の良いレオンの眉毛がピクリと揺れた。そんな小さな動きですらハッと息を飲むほど美しい。


「そうか。私には招待状は届いていないようだが」

「どうやらそのようですね」


 あんなことがあった後だ。わざわざレオンを呼ぶわけがない。私宛の手紙にもそう書かれていたくらいだし。

 そもそも私を招待したのも嫌がらせをするためなんだと思うから、招待状が届かなかったレオンはラッキーと思うべきだ。

 ついさっきイケメンに無駄はないとか思ったけど、即刻撤回したい。キールにおいては中身がない無駄なイケメンだった。設定上仕方がないとはいえ、無駄だ。偏差値の高い外見に騙される女性をパーティでも見る事になると思うと、余計にそう思ってしまう。

 レオンとは違って、キールの外見をすでに克服した今の私だから言えることだけど。キールの場合は顔面偏差値よりもクズ男偏差値が勝ってしまったから。

 しかし、レオンがどこか腑に落ちていないような表情をしているように見えるのは、気のせい……? いや、パーティ嫌いなレオンがそんな表情するわけがないか。


「まさかとは思うが、リーチェ嬢はそのパーティに参加するつもりなのか?」

「誠に残念ながら、そのまさかです。参加せざる負えない状況、という方が正しいのですが……」


 なにせ脅迫まがいな手紙だったからね。ムカつきすぎて、あの後あの手紙で鼻かんで、くしゃくしゃに丸めた後に暖炉の火にくべてやったわ!


「レオン侯爵様に相談というのが、このパーティの事なのです。レオン様がパーティを好まない事は承知しておりますが、私のパートナーとして参加して下さらないでしょうか?」


 即刻断られる事も念頭に入れ、私は事前に用意しておいた別のプレゼントに手を伸ばす。

 すると――。


「いい判断だな。いいだろう」

「きっとそうおっしゃると思っておりました。もちろんタダでお願いをするつもりは……」


 返ってくるであろうレオンの言葉を想定しながら、事前に用意しておいた言葉を放った矢先のことだった。レオンの肩眉がピクリと跳ねたのを目撃したと同時に、セリフの食い違いに違和感を覚えた。

 ……あ、あれ? 今なんて?


「恐れ入りますが、侯爵様。今、なんとおっしゃいましたでしょうか?」


 レオンは「コホン」と咳ばらいをしてから、再びこう言った。


「私はあなたとそのパーティに参加すると言ったのだ」


 えっと……聞き間違いではない、のよね?

 令嬢の品性などというものは、この際一旦置いておこう。思わず小指を耳の中に突っ込んで、耳をかっぽじる。


「なんだ、相談に来ておいて断って欲しかったような態度だな」

「あっ、いえ、とんでもないことでございます……が、正直のところ、最低でも一度は断られると想定していたために驚いてしまいました」


 素直にそう言うと、レオンはクスリとほほ笑んだ。


「ではそなたの希望通り、断れば良いのか?」


 やばい。ほんの少し笑っただけ、口角を少し引き上げただけなのに――その笑みの威力ときたらマグナム級だ!

 ほほ笑みの爆弾が私の心臓の上で炸裂した。

 ここで心臓発作にて死亡しても、きっと悔いはないだろう。前世のゲロテロリスト後に階段踏み外して死ぬのとは大違いのハッピーエンディングと言える。心の底から。


「ちなみにその手に持っている別の箱はなんだ? それも私へのプレゼントか何かなのか?」


 笑顔に気をとられて意識がはるか遠くへと離れていたが、レオンのこの一言に再び私の意識はこの世界に呼び戻された。

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