第26話

「そこまで分かっていらっしゃるのに、どうしてそうまでして私を助けようとお考えなのでしょうか?」


 レオンの申し出はもちろんありがたい。ありがたいけれど、それに甘んじてしまうのには抵抗がありまくる。対キール対策だけで考えればありがたい事だけど、でも……。


「先日のような事を目の当たりにして、同性から見ても気分が良いことではありません。そんな輩にリーチェがやっかまれていると思うと、助けなければと考えるのは至極真っ当な事だと思います」

「そう、でしょうか……」

「そうです」


 キッパリと言い放つこの眼福イケメンに、思わずほだされそうになる。

 いや、私の本心だけで言えばその意見に乗ってしまいたいのだけど……彼の本当の相手はマリーゴールドだ。例え一時の嘘だとしてもそれはやってはいけないような気がしてならない。


「……リーチェには誰か、想いを寄せている相手がいるのでしょうか? もしくはすでに誰かお相手がいるとか?」

「いっ、いえいえ! そんな人はいません」


 思わぬ問いに、私は全力で否定する。完全なる条件反射というやつだ。

 それを聞いたレオンは再び笑みを携えて、新しく注がれたワインをひと口飲んだ。


「だったら何が問題なのですか? もしやリーチェ嬢あなたは、私の事がお嫌いなのでしょうか?」

「まさかっ!」


 思わずテーブルに手をつき、立ち上がってしまった。

 本能とでもいうのだろうか、全身全霊でその言葉を否定せねば……っ! と思ってしまった自分が憎い。これでは今さら否定ができないじゃないか。

 いや、否定するつもりはないけど、もう少し嫌いって言葉をマイルドにできた気がするんだよね。

 ひとまず私はストンと席に座りなおしした。ちょうど座ったのを確認した従者が、私の目の前に食後のデザートを並べた。ムースだろうか。おいしそうだけど、今はそれを楽しんでる余裕はない。

 何せこの男は、この後さらに爆弾を投下してきたからだ。


「であれば、私達がつき合うのも問題ありませんんね。さっそくトリニダード男爵にも報告の手紙を書き添えましょう」

「手紙⁉ マルコフ……いえ、父に報告するのですか⁉」


 なんでそうなるの⁉


「あの、レオン様が申し出て下さった内容から察するに、私達がつき合うというのはパーティ用の“フリ”だと思っていたのですか……?」

「ええ、フリです。ですがパーティ用にしてしまっては、逆上したあの男が何をしでかすか分かりません。あなたのお父上がご存じ無いと知れば、先手を打ち、リーチェとの婚約を結ぼうとする可能性があるとは思いませんか?」

「それは……」


 否定できない。

 あの手紙を読む限りでは、キールは本気でマルコフに私との婚約の話をチラつかせるつもりだったし。


「本当に婚約するわけでもありません。その意志があるとお父上に告げ、あなたがあの男と婚約させられそうになるのを防ぎたいと思うのです」


 だからなぜそこまで使命感を帯びてらっしゃるのかが知りたいのですが。

 聞いたところで、きっと会話は堂々巡りだろう。彼は必要以上にビジネスパートナーを大事に思い、キールを嫌っているんだ。

 一度心を開いた相手にはとことん優しい男、それがレオンだ。

 そしてそれは逆も叱り。嫌いなヤツはとことん嫌う。


「どうです? 今リーチェには想い人がいらっしゃらないと言いましたよね? あいにく私も同じです」

「ですが、そのような相手がすぐに現れるかもしれませんよ?」


 そう、マリーゴールドとの出会いはそう遠い未来の話じゃないんだから。


「そうなればお互いに話し合いをし、お互いが納得のいく形で円満にこの関係を終わらせればいいのですよ」


 うーん……円満に、か。だったら例えレオンがマリーゴールドと出会い、私との関係を終わらせたいとなった時、結婚もしてないのにバツイチみたいな噂を流されないよう、上手い別れ方ができるのだろうか。

 レオンと付き合いたい。推しとイチャイチャしてみたい。せっかくこの世界に転生したんだったら、私の好きを詰め込んだ男と付き合えるのなら付き合ってみたいと思うのは、正常かつ健全な発想ではないだろうか。

 前世含め彼氏いない歴=年齢の私の初彼が好きをドブドブと注ぎまくったレオンだなんて、最高すぎるではないか。


 初恋は実らないというけれど、初彼はきっと長くは続かない。きっとそういうものだ。

 ……と妄想癖歴=彼氏いない歴の女が思うわけで。ここはいっちょ、この第二の人生を楽しませてもらおうじゃないか!


「レオン様」

「はい、リーチェ嬢」


 無意識下で、スプーンでこねくり回していたムースから目を逸らし、レオンを見据える。

 そんな私を、レオンの青い瞳が柔らかく角を落とした。

 キラキラビームがいつになくまぶしく見えるその貴重とも呼べる笑顔を前にしながら、そのキラメキにひるむことなく、テーブルに三つ指を立てて頭を下げた。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします!」

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