第25話

「実際はどうか分かりませんが、コーデリア公爵様は私の父が爵位を狙っている事を理解しています。ですから今回のパーティにもし私が不参加を表明すれば彼は私の父にそういう話を進言する意向だ……というような手紙をいただきました」

「脅しだな」


 レオンの眉間に皺が刻まれた。キールに対して嫌悪感を露わにしてるということが分かっていても、レオンの放つ不穏な空気に私の背筋が震えそうになる。


「しかし私と一緒にパーティに参加すれば、コーデリア公爵の反感を買いますよね。下手をすれば本当に彼はリーチェに婚姻を申し込んでくるかもしれません」


 仮面をかぶりなおすかのように、レオンは再び丁寧な敬語を使い始めた。

 けれど私はそれよりも彼の言動に気をとられていた。


「えっ、それは……」


 ないでしょう。なにせ私はモブ令嬢で、キールに振り向いてもらえないせいで自殺する設定なのだから。

 そう思ってたけど、果たして本当にそうなのかって疑問が過ったのも事実だ。だってキールの様子が私の描いたストーリー通りに動いていない。


 ううん、キールだけじゃない。レオンがこんなに媚薬香水に興味を持ったのも想定外だし。そもそも私がリーチェとしての行動をとってないからなのか……パラレルワールドっていうのがあるのなら、私のいるこの世界は私が描いた『青愛』とは別ルートに話が進んでいる気がする。


 もしくはマリーゴールドが現れる前だからかな? ヒロインが現れたらきっと、皆が彼女に注目するだろうし。そしたら私と関わりを持つ時間すらもったいないと思うくらい彼女に夢中になるんだろうな。

 だとすれば、それまでの期間を耐え抜けばなんとかなる。


「私がリーチェと一緒にパーティに参加するとして、一つ条件を出しましょう」

「条件?」


 今さら一緒に参加しないというのは受け付けないと伝えてるけど、どういう条件を突き出してくるのか、全く見当がつかなくて私は首を捻った。

 レオンはフォークとナイフをテーブルに置き、口元をナフキンで拭った後にこう言った。


「私とリーチェがつき合ってる事にするのです」


 ――ブッ‼

 予想だにしなかったセリフに、私はもう少しで口に含んだ赤ワインを噴き出すところだった。


 あ……っぶない! また口から吐き出したものを対面にいるレオンに吹っ掛けるという失態パートⅡをしでかすところだったっ‼

 しかも今回のはワインだし。さらに言えば赤だし。吹きかけてたら血のりみたいになるところだ。むしろ吹きかけた私が血のりならぬ本物の血でも流すことになるところだったかも! 男主人公で、相手は紳士的とはいえ、帝国の騎士だ。男に二言ならぬ、二度目はないかもしれないし!

「コホン」と喉を整えながら、しっかりと口元をナフキンで拭った。


「……あの、理由をうかがっても?」

「ビジネスパートナーとして、私があなたを守るのは当然でしょう」


 いや、そこは当然じゃないと思うんだけど。


「ですがこれはプライベートな話ではあるので、レオン様が責任感を感じる必要はないかと思います」

「いいえ、あいつをあなたのそばに置いておくと、事業で関わる私にも被害がかかってくるのは目に見えています」


 敬語は使ってくれてるのに、キールのことはあいつ呼ばわりなんだ……。

 まぁ、あいつ呼ばわりしたくなる気持ちは――私もめちゃくちゃ分かるけど!


「あいつがリーチェに良からぬことを考えている事は間違いないでしょう。私としては今すぐにでもあなたのお父上、トリニダード男爵に私とリーチェの関係を伝えたいくらいです」

「……? えっと、父でしたらすでに、私とレオン様が共同事業を始めたという事を知っています」


 察しの良いレオンならその事にも気づいてると思ったのだけど? なにせマルコフが商人で情報通な事も知ってる様子だったし。

 ただ知っていたとしても、それがどうこの状況を打破する事になるとレオンが考えているのかがよく分からない。


 思わず首を傾げていると、レオンは料理がまだ途中だというのに、そばにいた従者に食器を下げるよう指示をした。

 食器を下げた後、彼はテーブルの上に両肘をついて両手の指を絡めた。


「その関係ではありませんよ。私とリーチェ嬢がつき合っているという事を伝えたいと考えています」


 …………はぁ⁉

 まっ、待て待て待て! つき合う事は前提なの? いや、そもそも論点はそこでもないかも!


「あの、付き合うかどうかは別にして……」

「いいえ、付き合ってる事にするのです。そうすれば全てが丸く収まります」


 ……やばい。脳内に銀河が見えた。私の推しであり私の理想の男性象であるレオンが、銀河の果てから来た宇宙人みたいに見えてきた。


「言ったでしょう? つき合うことは私があいつのパーティにリーチェと一緒に行く条件だと」

「それはズルです。私がパーティの事を話した時は、そのような条件はおっしゃらなかったではありませんか。後からこじつけて言うのは、ビジネスの上で信用度を失うほどの事案ですよ」

「ですがこれに関しては書面を交わしていませんよね?」


 うぐっ!


「それにこの件がリーチェのプライベートな案件だと言うのであれば、私が無償で助ける理由はないのでは?」


 うぐぐっ!


「でっ、ですが……私は媚薬香水をお持ちしましたよね?」

「それについても、あなたはこれを試作品とおっしゃいましたよね?」

「そっ、そういう言い方をしたのは謙遜ですっ!」

「だとしても、媚薬香水を私に提供すると言う約束はすでにこの香水事業を共にする上での契約内容に組み込まれた約束ですよね? であれば、やはり私にとってなんの得もないと思うのですが?」


 はて? なんて首を傾げる様子に、私は奥歯をギリリと噛みしめる。

 くっ、ムカつくけど言ってる事は全部正論じゃないか!

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