第24話

「あと私からも一つ話があるのですが」

「なっ、なんでしょうか?」


 敬語を使われる事で普通なら距離を感じるはずなんだけど、なんだかさっきまでよりも表情に明るさを感じるせいか、なぜか距離が縮まったような気がするのはなぜなのか。

 いやいや、そもそも周りからは冷血漢と思われてるような人物の表情に明るさを感じるのも変な話だし。


「コーデリア公爵家のパーティへ一緒に行くのであれば着るものを新調しようと思っているのですが、リーチェ嬢のドレスの色をうかがってもいいですか?」


 ドレスの色? それって、まさか……。


「私とリーチェ嬢が一緒に来たというのを他の貴族達にも分かるよう色を合せておこうかと思うのですが、いかがでしょう?」

「で、ですが侯爵様……」

「レオンです」


 いや、今はそんな話してる場合じゃないのに、名前の事をいちいち突っ込んでくるわね。


「レオン様、それではまるで私達が恋人同士だと言ってるようなものではないですか」


 パーティで服の色を合せるのはカップルだという暗黙の了解だ。

 前回キールのゲス行動を心配してくれたレオンの計らいなんだろうけど……さすがにそれはだめじゃない? レオンにはマリーゴールドという運命の人がいるわけだし。


「大丈夫です。私達が共に手を取って事業を立ち上げた事を知る人間はまだほとんどいない状況です。きっとパーティの頃にはそういう噂も流れているでしょうから、不要なまでの誤解は生まれないでしょう」


 いやいやいやいやいや。絶対生まれますって。あなたは自分が周りからどのような目で見られてるのか、知らなさすぎるでしょ。

 氷のハートを持つ男って舞踏会では言われているっていうのに! どんな美貌もレオン侯爵の前ではただの壁に飾られた花と同じ。花はこの男の凍り付いたハートを溶かすことはできないってもっぱらの噂だというのに。


 そんな彼が私と一緒にパーティ行くだけでも大ごとなのに(お願いしておいてなんだけど!)、色合わせした服装で現れたら、キールにひと泡吹かせるどころか、周りの令嬢が蟹泡吹きまくって倒れこんじゃうじゃないか。

 パートナーに関しては、キールがどういう態度を取ってくるかわかったもんじゃないから頼れるレオンにお願いするしかなかったんだけど、不用意な噂はなるべく避けたい。


 そりゃ推しとワンペアクローズを着れたならこの人生悔いなし! って私は思えるけれど、この後出会うマリーゴールドの為にもそれはだめだ。

 いや、マリーゴールドの為というよりも、結局は自分の為。レオンがマリーゴールドと恋に落ちて、私が捨てられたなんて噂が流れたらそれこそ今後の人生に大きく響いてしまう。


 結婚すらしてないのにすでにバツがついたみたいに噂されるのは癪だ。周りの噂よりも、推しに捨てられたその状況がメンタル的に死亡する。間違いなく私が全機死亡、ゲームオーバーだ。


「私としては一緒にパーティへ参加していただけるというだけで十分ありがたい事だと思っております。それだけでコーデリア公爵様をけん制する事ができますので」

「だがしかし、あなたの父上、トリニダード男爵はどうお考えでしょうか。公爵家からパーティの手紙が届いたのをご存じなのではないですか?」


 どっ、どうしてそれを……?


「男爵は敏腕の商人でいらっしゃる故、情報通とも聞き入っています。でしたら、今回の事もお父上の耳に届いているのではありませんか?」

「……おっしゃる通りです」

「であれば、トリニダード男爵があなたとコーデリア公爵との縁を結ぼうと考えるのが妥当かと思うのですが、違いますか?」


 イケメンで察しの良い男……最高! 惚れてまうじゃないか……こういう言いくるめようとしているシチュじゃなかったらの話だけど。


「だからこそリーチェ嬢は私の元へと助けを求めに来たのだと考えていたのですが……どうやら私が見当違いな当て推量をしていたのでしょうか」


 そう言った後、レオンは残ったワインを飲みほした。

 いつも通りのクールな顔をしているけれど、私には分かる。彼は推し測って言ったわけではなく、確信を持って発言したのだということを。

 クールな表情の中にもいつも以上に余裕さを感じる雰囲気に、私はそう感じた。


「私の負けのようですね。レオン様のおっしゃる通り、父は私がこれを機に公爵家と婚姻を結べるようになればいいと考えていると思います。そして問題なのは、それをコーデリア公爵様も理解しているということです」


 ため息つきそうになるのを堪え、一息にそう言った。するとレオンの凛々しい眉がピクリと小さな反応を示した。


「あの男がリーチェに、婚約を申し込むつもりでいると言うのか……?」


 レオンの背後からズオオッと不穏な邪気が流れ出ているように見えて、私の背すじは震えた。

 ……ってか、敬語はどこにいったの?

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