第70話
「リーチェ、あなたは一介の令嬢です。全知全能だと言われる神でも、この世界を作り上げた創造主でもない」
その言葉に、私は思わず鼻で笑ってしまった。
レオンが否定したい気持ちは分かるし、彼は何も知らない。本当の私が誰なのか知らない。だからそんな事を言うのももっともな話だけれど、私はまさしくこの世界を作り上げた創造主だ。
「なぜ笑うのですか?」
レオンの例え話が例えになっていないこの状況で、笑うなという方が無理な話だ。
「やはりあなたは、ご自身を何もかも理解しているそういった類の人間だと思っているのですね? だから私の気持ちも、あなたの想像するものと同じであると信じて疑わない」
「それは少し違います。ただ私には視えるのです。先ほど侯爵様の気持ちが視えると言ったのはそれです。予知能力……と言った方がしっくりくるかもしれませんね」
どう説明するのが一番良いのかってずっと思ってきたけれど、予知と言ってしまえばまだ理解しやすいかもしれない。そう思っての苦肉の言葉だった。
「全てを見聞できるわけではありません。時々夢を見るように、未来が視える事があるのです」
「それを、信じろと?」
「信じなくとも構いません。むしろ信じ難い事だと思っていたので、今まで黙っていたのです」
それは事実だ。信じてもらえるなんて思ってないからこそ、今まで何も言わなかったんだから。
だから私は堂々とした様子でそう言うと、レオンは考え込むように手を顎に当てた。
完全な事実とまではいかないけれど、ここまで真実を明かしたのだから、もう自分の口に戸をする必要はない。
そう思って私は、レオンの回答を待たずに話を続けた。
「どうして私がコーデリア公爵様を避けていたか、ご存じですか?」
キールに迫られてピンチだったところを、レオンに助けてもらった。あれももう遠い昔のことのように思えてならない。
「私はレオン様に出会う前、香水事業を自身で立ち上げたばかりの時、なるべく事業拡大になるように人脈を広げるように、パーティには参加しておりましたーーただし、コーデリア公爵様がいない場というのを選んで」
ーーそういえば、キールはあの後どうなったの?
殺されそうになっておきながら、今の今まで忘れていたのは、あのゲス野郎を忘れたいと思っていた私の深層心理から来るものだろうか。
夢だったのか、生と死の狭間だったのかは分からないけれど、そんな中でもあいつに激昂していたくせに、本当に良い性格をしているなと思う。
ーーこうして私は、レオンの事もさっさと忘れる日が来るんだろうか。
「私には視えたのです。コーデリア公爵様に関わることで、私が死ぬ未来を」
キールに恋をして、自殺するという事は言わないでおいた。そもそも私は自殺などするつもりはなかったし、実際に奴に恋もしていない。話がややこしくならないように、そこはカットしたけれど、嘘も言っていない。
「実際に事は起こりましたよね? 侯爵様のお陰で未遂に終わったようですが」
チラリとレオンに視線を向けると、レオンはまだ不審感を表した顔をしている。
それもそうだ。未遂だったとはいえ、ことは既に済んだ後。後で起きた事を予想してました、なんて言うのは誰だって言える。ペテン師だってさすがにそんな手は使わないだろう。
だけど、レオンとマリーゴールドの事は?
その事はまだ公にはなっていない。レオンからもマリーゴールドからも、お互いにどう思っているのか、二人の気持ちは聞いていない。
それを言い当てるのは、筋が通るのではないだろうか。
「それと同じことです。マリー様と侯爵様がお互いに一目惚れをし、お互いを求め合い、愛が芽生え、育ち、求愛し、やがて二人は結婚するでしょう」
「……そんな未来が、あなたには視えたと?」
私はゆっくりと縦に首を振った。そんな私の小さな動作を見ていたレオン。彼の揺るがない青い瞳が、小さく震えた。
そんな小さな動揺を、私は見逃さない。
そしてそれを見た瞬間私は、この無限と続くループのような会話の終焉だと思った。
やっと終わる。
やっと、レオンが折れたのだ。
これで私達はお互いの時間を、それぞれ過ごすことになる。
それを寂しいと思う気持ちと同時に、小さな開放感が私の胸に広がり始めていたーーその時だった。
「……リーチェ。私はずっと、あなたの気持ちが知りたかった。運命だとか、未来が視えるだとか全てを抜きにして、シンプルなあなたの気持ちが」
動揺で小刻みに震えていたレオンの瞳は、私だけを映し出していた。そこに映るのは私だけで、彼の瞳は固く揺るぐ事がない。
そんなレオンの様子が、彼の言葉の慎重性を示しているようだった。
「最後です。これが本当に最後です。この先二度と聞き返すことも、同じ質問を投げる事もないでしょう……だから、嘘偽りなく、本音で答えて下さい」
レオンは私の肩に手を乗せた。そこに熱がこもり、彼がグッとそこに力を込めた。
「あなたがもし、未来を視る力がなく、運命なんてものも知らないとしたらーー私の事を好きだと、私の気持ちに応えたいと思いましたか……?」
鋭く射抜く言葉と、私の本心を覗き込もうとする青い瞳。そのどちらも私の心にゆさ振をかける。
足元がグラつきそうになったけど、レオンが私の肩をガッチリと掴んでくれていたおかげで、しっかりと自分の足で踏ん張る事ができた。
思わず涙が浮かんできそうになったけれど、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。
体が震えそうになった時は、拳を握り込み、爪が手のひらに食い込むくらい固く握って、なんとか耐え抜いた。
そうやって私は、静かに答えた。
「……いいえ、思いません」
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