第69話

 私はずっと、もつれた糸を解こうとしていた。解いて解いて、その先は私とレオンが繋がっているかもしれないという未来を、どこかで期待していたから。

 けれどもつれた糸を解いたところで、結果は同じ。もっといえば、その糸は元々もつれていたわけではなかったのかもしれない。

 私が勝手にもつれていると思い、解こうとしていたけれど、解いた先はーープツンと切れた糸が二つ。

 それはもつれていたのではなく、結んで繋がっていただけ。私とレオンはきっとそれだ。


 例えばそれを運命の赤い糸だとしよう。私はレオンと偶然、何かの因果で繋がった。けれどそれは繋がったといっても、二本の糸を結んで一本にされていただけ。

 繋がりというよりも、結んで一緒くたになっていただけ。

 赤い糸で繋がる相手が運命の人だというのであれば、これはとても歪な運命だ。

 だからそれはきっと、私が解かずとも勝手にほどけていただろう。

 そして彼の運命は、正しい方向へと向かい始める。

 私への恋や愛などというものは、初めから存在などしなかったとでもいうように。

 今度こそ偽りの関係を終わらせて、晴れてレオンはマリーゴールドと一緒になれる。何のわだかまりもなく、二人は愛し合えるのだ。


 きっと、私との関係を清算したとしても、レオンとのビジネスパートナーという関係は急には切れない。こちらは書面を交わしているから。

 永遠にレオンとビジネスを共にするつもりは、私だって考えていない。

 ラブラブな二人を見るのは辛いだろうけど、それも一時だと思えば何とななる。というか何とかするしかない。

 こんな時でも愛とお金を天秤にかけるように物事を考える私は、やっぱりレオンの相手には相応しくない。

 マリーゴールドとレオンの純粋な恋を前にすると、とても汚く打算的に思えて反吐が出そうになる。

 けれど現実はシビアで、前世の考え方を持つ私には、これが普通なのだから致し方ない。


 そこまで思考を巡らせていたその時、レオンは重々しい口をやっと開いた。

 

「私の運命の相手は、あなたです。私が好きなのもあなたです、リーチェ。私はずっとそう言ってきましたよね?」


 この期に及んで、まだそんな事を言うの?


「……そんなに賭けに負けるのが嫌なのですか?」


 私がどんな難題をふっかけてくるか分からないと思っているから、そんなに融通の効かない子供みたいな事を言い続けるのだろうか。


「それとも、私に申し訳ないと思っているのですか?」


 レオンの凛々しい眉がピクリと揺れた。


「私の事をあれほどまでに口説き落とそうとされていた侯爵様ですから、簡単に撤回するのは難しい事なのかもしれません」


 色恋沙汰や浮いた話など全くない冷徹漢な男。そんな男がモブキャラの私に恋をしたが故、マリーゴールドへの本物の愛に影を差している。

 私が次に解かないといけない糸は、ここだ。


「ヒヨコは生まれて初めて見た人物を親だと認識するように、侯爵様も普段から異性に好意を示す人間ではない分、そういう人を見つけてしまったが故に、私に固執をされていらっしゃるのでしょう? 本当はすでに別の方に心が傾いているというーー」


 言葉の途中だというのに、私は口をつぐんだ。

 いいや、つぐみたくてつぐんだわけじゃない。単純に続きが話せなかっただけ。

 だって私の口は、レオンの大きな手で覆われてしまったのだから。


「どうしてあなたは、そうやって達観し、どこか他人事の様に話すのですか? 私は今、あなたと私の話をしているのです。そして私は今、あなたを好きだと言っているのですよ!」


 鬼気迫る勢いで、レオンは私を睨みつける。口を塞がれてるせいで、私は言い返したくても何も言えない。

 ……いいや、今もし、レオンの手で口を覆われていなかったとしても、きっと何も言えなかったかもしれない。

 それは私の唇を通して、レオンのゴツゴツとした手の温もりを感じてしまっているせいかのか、レオンの瞳から鋭い怒りの炎が見えて怯えてしまっているせいなのか。

 もしくは彼の顔が拳二つ分くらいの距離にあって、彼の熱い吐息を感じてしまっているせいなのか。

 はたまた、こんな風に感情を露わにして怒っているレオンに私はーー。


 そう思ったところで、私は考えるのをやめた。なぜなら目の前にいる彼が苦しそうに目を瞑った後すぐに、ゆっくりと瞼を開けてーー私にキスをしたから。

 キスといっても、相変わらず私の口はレオンの手の中にある。レオンは手で覆った自分の手の甲にキスをした。


 まるでそこに自分の手など存在しないとでもいいたげに。

 チュッと小さくも艶かしい音をかき鳴らして、彼は唇を離した。

 もどかしいとでも言いたげに、レオンは眉間に皺を寄せながら、私の元から離れていく。それと同時に、彼の手も私の口元から離れていった。


「……どうして私の感情を、あなたが決めるのですか?」


 どうして?

 だって私は知ってるもの。

 あなたのその感情は、私が作り上げたものだもの。


「あなたに私の運命を語る資格はないはずです」


 いいえ、あるわ。だってこの世界は私が作り上げた世界で、あなたはその中のキャラクターだもの。


「この感情は私のもので、あなたのものではないでしょう」

「……そうですね」


 それは、レオンの言い分が正しい。けれど、それ以外は全て間違っている。


「だけど残念なことに、私には分かるのです。あなたの本当の気持ちが。視えると言っても良いのかもしれませんね」


 本当に残念なことだと自分でも思う。

 何も知らなければ、むしろ前世のことなど何も覚えていなければ、私は喜んでレオンの言葉を鵜呑みにし、彼の申し出を受け入れていたというのに。

 それが出来ないのは、私が事実を知っているからに他ならないのだから……。

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