第7話
「怪我はないか?」
耳元で囁くように問いかけられる、低い声。烏の濡れ羽色をしたツヤのある黒髪。顔を上げるとすぐそばには澄んだ湖のように思慮深く、聡明そうな青い瞳が私を映し出している。
……ああ、そうだ。レオンの登場シーンでは私、やたらとキラキラ系のトーンをバックに貼ってたっけ……。
目が開けられないくらい、レオンの周りにはおびただしいほどのキラメク光が放たれている。
しかもキールとは違った、甘いのに清潔感を感じるような香りがまた、私の心臓をくすぐってくれる。
キールはクズ男なだけあって、容姿を良く見せるのに力を注いだ。そもそも自分が作り出したキャラには愛情をバンバン注ぐため、余計に彼の見た目にはこだわった。
けれどレオンはそれ以上に力を注いだ相手でもある。なにせ男主人公。かっこよくてなんぼだ。悪役に負ける容姿では問題外。
それだけにレオンはキールより少しずつ上乗せする形で、自分の好みをこれでもかと注ぎまくった男。チャラくなく硬派でツンデレな感じが、キールとは違って中身までもが私のドストライクを突いている。
「……頑張って描いてよかった」
思わず見惚れてしまうほどのイケメンを堪能するかのごとく、私はレオンに釘付けだ。
だからこそ、思わず言葉が漏れ出ていたことにもすぐには気づかなかった。
「えっ?」
ほんのりつり上がった瞳が、おどろいたように見開かれた。
おっと、しまった! 思わず声に出しちゃってたみたい。
「あっ、いえ、大丈夫です。支えてくださったおかげです。ありがとうございました」
すっと立ち上がり、礼儀正しく頭を下げた。
「せっかくのパーティです。医務室へは一人でも向かえますので、どうぞ侯爵様はパーティを楽しんできてくださいませ」
イケメンを見すぎて、これ以上は逆に目の毒だ。さっきから鼻の奥がツーンとして鉄のような味を感じるのもきっと、そのせいだと思う。
鼻血が噴水のように吹き出してしまう前に、距離を取るべきと考え、私はもう一度ドレスを少し持ち上げてお辞儀をし、その場を立ち去ろうとした……けど。
「気遣いは無用だ。ちょうど人の多さに疲れてきたところだった。医務室に行くのもパーティを抜ける良い口実になる」
いや、気遣いでは全くないのだけれど。むしろこちらの空気を読んでもらえませんかね?
こちとらあなた様とは違ってモブキャラ設定だし、前世でもずっとひきこもってマンガばっかり描いてるような日陰な女なので、長時間の日光浴は生命力を吸い取られて瀕死状態に陥るんですが。
生命の危機を感じるのでなるべく長時間は一緒にいたくない。ずっと見ていたいと思える顔を描いたはずなのに、なんとも矛盾なっ!
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
ああ、意志薄弱な自分も憎い。けれどこれが今は最善の選択な気がする。
たぶん今日はもう、私の前にキールが現れることはないと思うけど、絶対ないとは言い切れない。さっきあんな険悪な状態になったばかりだし、警戒するに越したことはないよね。
……って、もしかして。
私は隣を歩くレオンに、チラリと目を向ける。いつもの何を考えているのかわからないような表情を見せている。
もしかして、レオンも私と同じことを考えてるから、医務室まで送るって言ってくれてたりする? 私がまたキールに絡まれたりしないように、とか?
……いや、まさかね。
*
えっとぉ……治療、終わりましたケド?
医務室で治療をしてもらい、大げさに見える包帯をしたままパーティに出るつもりも、キールがいるであろうホールに顔を出すつもりもないため、折を見て帰ろうと思って休憩室に来たのだけど……そんな私の目の前には、腕を組んで椅子に腰を下ろしているレオンの姿が。
「あの、バービリオン侯爵様」
「なんだ」
相も変わらず表情が読めないイケメン。なんだって……それはこっちが言いたいセリフなんだけど。
「私はもう一人でも大丈夫ですので、侯爵様はそろそろパーティを楽しんでいらっしゃってはいかがでしょう?」
さっきあんな修羅場を見せた後だから、少しでも品位を見せたくてほんのり笑みを浮かべてみる。
レオンはこんなモブ令嬢と一緒にいるよりも、華やかな会場が似合う人物だ。煌びやかな会場ではたくさんの視線を一身に浴びることだろう。そしてたくさんのダンスの申し込みを心底嫌そうな顔で一蹴するこの男……本当に私の好みすぎる。
一般的な対応は別として、誰にでもいい顔をするわけではなくヒロインにだけ向ける好意。前世彼氏いない歴=年齢の私の嗜好であるクールガイだ。
そんな男をここで独り占めするのはすごく贅沢だけど、対面ってキツくない? いや、横に座られたらもっとキツいけど。
だからさっさと出て行ってもらって、私はゆっくり足を伸ばして背筋も丸めて座りたいと思っていた矢先だった。
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