第8話
「パーティは苦手なんだ」
はい。存じ上げております。パーティピーポーなキールとの対比で、レオンは硬派。パーティなんて必要にかられなければ出席しないというのが通例だ。
でもそれなら、どうして今日は参加したんだろう? 皇室主催のパーティじゃないのに。
「ではなぜ、今日は参加されたのでしょうか?」
素朴な疑問を投げかけた私に、レオンはゴソゴソとポケットからなにかを取り出した。
……あっ、それは!
それは小さなガラスに入った、フレグランス。貴族達が持っても品を感じさせるようにガラスの素材やデザインにもこだわった、私の商品だ。
「この香水を作った令嬢が参加していると聞いたからな」
「それ、どこで……?」
驚いた。まさかレオンが私の香水を持ってるとは思わなかったんだけど。
レオンの大きな手の中で、携帯用の小さな香水瓶がプリズムに輝いている。
「これはトリニダード嬢が作って販売している商品だと聞いたが?」
レオンはほんのり眉間にシワを寄せ、私の顔を覗き見ている。その表情、メガトン級の破壊力だからやめて欲しい。イケメンはどんな表情をしてもイケメンだから、イケメンと呼ばれる所以である。
「聞いた情報は確かだと思っていたのだが、違ったのか?」
「ああ、いえ、合っています。私の商品ではあるのですが……まさか侯爵様まで持っていらっしゃるとは思わなかったもので驚いてしまいました」
そう、そこだ。販売元をたどってくるほど、彼は香水に興味が無いと思っていた。というか、そんな裏設定を描いた覚えはないのに。この世界の作者は私だけど、私が全てを掌握しているわけでもなければ、むしろ知らない事の方が多いのかもしれない。
マンガの中の世界では、コマ割りの中、紙の上に広がった世界が全てだけど、生きている人間からすれば、そんなものは切り取られた人生の一部分でしかないんだわ、きっと。
「ああ、以前従者に勧められて使用したのだが、香りがとても良かった」
「ということは、侯爵様……とても疲れていらっしゃいますね?」
あの香水瓶の中に入っているのは一番最初に香る匂い、トップノートにラベンダーを。そして30分から2時間ほど持続する香り、ミドルノートにはローズウッド、発揮する香りが一番最後にくる、ベースノートにはサンダルウッドを調合したもの。
心を落ち着かせ、緊張をほぐし、精神を安定させてくれるようなバランスの香りにしたのは、この世界の人達もみんな、私がいた現代と同じように心身ともに疲れているように見えたから。
礼儀・作法を重んじ、いつも人と競い合う貴族社会。その上堅苦しい社交界にその為に着飾る、堅苦しくて重い男性服と、締め付けのキツい女性のドレス。
心も体も気を引き締めているだけに、この香水は人に進めやすかったんだけど……。
レオンは表情を変えずじっと私を見た後、香水瓶を目の前にあるコーヒーテーブルの上に置いた。
「香りなど気休めだと思っていたのだが、思った以上に効果を感じた。だから一度これを作ったというそなたに会ってみたかったのだ」
私の質問に答えはしなかったけど、彼が普段から疲れているのだという事はよく分かった。それでなければ、この香りを良いと思うはずもなかっただろうし、そもそも社交嫌いのレオンがわざわざパーティに出席なんてしなかっただろうし。
ってか、そんなレオンをパーティに参加させるほど興味を惹いた私の香水って、めちゃくちゃすごくない? まだこのビジネスをはじめて日が浅いけど、幸先良い気がしてきた!
ってかこれも、前世では自分の趣味として勉強して自分用に作ってただけなんだけど。
漫画家の仕事って、長時間原稿と向き合うからメンタルやられる事も多いんだよね。引きこもるから気晴らしも室内でできるもので何かないかな? って思ったのが、アロマテラピーを勉強するキッカケだった。
学びはじめたらハマってしまって、仕事の合間にアロマテラピーの検定を受けてみたり、なんならマンガの中でもいつか使えるかもしれないって勉強した。
まさか世界の違うここでこの知識が生きるなんて思ってもみなかったけど――なんでも興味を持っておくものね。
「少しでも侯爵様に安らぎを提供できていたのであれば、私としても嬉しい限りです。体とは不思議なもので、自分が今何が必要なのかを分かっています。この香りが自分に合う、効果を感じるという事は、その方の中でその香りの持つ力が不足しているという事。ですから、体の求めるサインを見逃さず、いたわってあげて下さいませ」
本当は少し休息を取る事を勧めたいところでもあるけど、現代でがむしゃらに漫画を描いていた私が言えた義理じゃない。
人はずっと全力疾走で走る事はできないけれど、やらなければならない時は全力で、時には長距離を走らないといけない時がある。だからこの香水がそういう人達の、そういう時の助けに一役買ってくれるのであれば、私の目論見通りだ。
……そもそも私とレオンは今知り合ったばかり。休息を、なんていう助言は愚にもつかない話だと取り合ってすらもらえないかもだし。
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