第57話
無言で見つめられたら、ドギマギしてしまう私の心臓。それは甘い疼きなんてものよりも、私何かした? っていう戸惑いの方が強い。
もしかして、また鼻血出しちゃった⁉︎ とか思ったけど、私の無作法な鼻は手でしっかりガードしていたことをすぐさま思い出した。
レオンは澄んだ清流が流れるごとく、サッとハンカチを取り出した後、その手が私の前でピタリと止まる。
おっ、いつもの鼻血止めハンカチか? なんて思っていた私は、レオンの行動に注目していたが、そのハンカチをスッと上着のポケットに仕舞い込んだ後、彼の大きな手が私の視界を妨げた。
「あの、レオン様……?」
奇怪な行動に戸惑う私。視界を塞がれたことで、周りの状況も見えないけれど、きっとこの場にいる誰もがレオンの行動を奇妙に思っていることだろう。
「また鼻血が、出そうなのかと思いまして」
遠慮がちに耳元で囁かれる声。
やめてくれ。視界を塞がれた状態で推しの声に囁かれるなんて、何プレイなの? レオンの吐息が私の耳をくすぐり、むず痒い。
さらに言ってしまえば、むず痒く感じるのは耳だけではなく心の臓の方もだ。だからこの距離感をどうにかしたくて、私はレオンの手を払い除ける。すると露わになった彼の顔がどこか寂しそうに見えて、私は思わず首を傾げた。
「すでに鼻は塞いであったので、視界を妨げました」
……どういうこと?
「今この場であなたを抱きしめて視界を防ぐことは難しいと判断し、せめてものバリケードのつもりでした」
そう言った後、レオンはチラリとマリーゴールドの方へと視線を向ける。気付かないうちにマリーゴールドはオットーの隣に立ち、オットーの薬を不思議そうに見つめている。
ただ、チラチラとこちらを伺う様子から、私とレオンをあまり見ないように気遣っているようにも見える。
……マリーゴールドは今、私とレオンがイチャついてるとでも思ってるのかな? 全然そんなことはないのに。
むしろレオンはマリーゴールドを意識して、私に抱きつこうとはしなかったというのに。
彼がハンカチを使わなかった理由も、以前のように私に抱きついて視界を妨げようとしなかった理由も、全ては彼女に繋がっている。
ほのかに香る媚薬の匂い。あのハンカチにはあの香水を振りかけているのだろう。本当にブレない。相変わらずのブレない行動。
……けれどそんな彼が、そのハンカチを私に使用しなかった理由は、もう私を媚薬を使って落としたい対象だと思っていないからだろう。
そうでなければこの状況で、レオンが私にハンカチを差し出さない理由も、媚薬香水をつけている理由も説明がつかない。
ふぅ、と息をついた後に鼻から手を離し、気持ちを落ち着かせる。レオンからも少し距離を取って、オットーに向かって歩き出す。
ここでの用事をさっさと済まそう。この状況はメンタルに良くない。
「ところで、容姿を変えていたのは錬金術の力なの?」
「そうです、そうです。俺、無駄にイケメンなんで顔が良いと面倒なことも多いんですよねぇ」
チャラいにーちゃんみたいな話口調に、幾分か緊張が解ける。
確かに無駄なイケメンだ。無駄に私に緊張を敷いてくるという意味で、無駄だわ。
「だからちょっとでも入り口狭くしよーと思って、こんな薬を開発したんっすよ」
どんどん口調も崩れていく。イケメンで口調が軽いとチャラい奴に見えてくるな。
まぁそれでも、チャラいだけなら害はないから良いけど。クズいより数万倍マシだ。
「最初の印象は悪いかもしんないっすけど、その分インパクトは強いでしょ? 俺が変身解いたら大抵の人は驚いてくれるんでね」
「そうね、2つの意味で驚くわよね」
一つはその容姿で。もう一つはその技術に。
「そう! 話がわかる人っすねー!」
パチンッ! なんて指を鳴らしながらその鳴らした指を私に向けて指す。さすがにマナーがなっていない。錬金術師や魔道士は魔塔と呼ばれる塔で学び、培い、伸ばす。魔塔に関しては別の世界というか、次元というか。
この帝国のしきたりや貴族社会とは隔離され、独立した世界を構築しているため、生まれが庶民であろうと、貴族であろうと、実力社会なのが魔塔の世界だ。
だから彼がこうして不作法な態度を取るのは不思議なことではなく、むしろ崩れながらも敬語を使おうとしているところにまだ信用がおけるというものだ。
だけどーー。
「おい、オットー。俺とリーチェはお前の雇い主だ。態度を改めろ」
レオンはそうはいかないよね。
そもそも高位貴族というだけでなく、軍人だしね。軍人は魔塔と同じく実力社会だもんね。
そもそもレオンのいうことも正しい。私達はオットーにお金を払って雇っているのだから、それなりの態度は必要か。
まぁ、私からすればこの敬語とは言えない敬語が、すでにそれなりの態度として受け取っているから良いのだけど。
「はいはい。気をつけますー」
気を付ける気はあまりなさそうね。
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