第56話

 っていうか、この人誰なんだろう?

 いや、彼はレオンが雇った錬金術師だってことは分かってる。それは分かってるんだけど、そこじゃなくて、こんなキャラ私は描いた記憶がない。

 キャラを描くときは、ちゃんと性格やらバックグラウンドやらを作り上げ、そして美形で美形に美形を重ねて描いている思い入れのあるキャラばかり。

 例え、リーチェのようにモブキャラだとしても、忘れるなんてあり得ない。

 となると、このキャラは私が描いたキャラじゃないことになる。私が描いていないキャラが存在するなんて、あり得るの?


 ……いや、あり得るかも。だってこれだけストーリーが分岐してくれば、その分かれ道の先には別の人物が存在してもおかしくない。

 もちろんそれはモブキャラなんだろうけど、どんな道を選んでも結局行き着く先は同じ。逆にいえばそのゴールさえ同じであれば、途中経過はどれだけ変化しても構わない。きっとそういうことなんじゃないかな。


 ……とはいえ、頭では理解したけど、納得はいってない。

 私の描くキャラはモブでも悪役でも中身がクズ野郎でも、目の保養になるように美人か可愛い見た目をしている。

 それなのにオットーに関しては、ヨレたローブ。元は真っ白なんだろうけど、よくよく見てみたらところどころシミがあるし、顔もクマだけでなく頬もコケて、顔色は青白い。

 こんなに自然光に囲まれた場所にいるのに、どうして穴蔵に引きこもってました! って見た目をしているのかが分からない。


「リーチェ?」


 レオンの言葉にハッとして、やっとオットーの顔から視線を外した。

 しまった。考え込んでしまってたせいで、挨拶されたのに返事を何も返してない。そんな私の様子を隣に立つレオンが訝しげに見てるし。


「失礼いたしました。なんとなく知り合いに似ている気がしたのですが、どうやら他人の空似のようです」


 なんて言い訳をしながら、私はにこやかな笑みを浮かべて、再度オットーに視線を向ける。


「初めまして、私はリーチェ・ロセ・トリニダード。あなたがレオン様が雇ったという錬金術師ね?」

「ええ、そうです」


 ニヤリとした笑い方も、どことなくヌメってるように見えて気持ちが悪い。これまたよくよく見てみたら、口元には歯垢がいっぱいついている。

 それを見て背筋が震え、微笑んだ私の口元が引き攣るのを感じた。

レオンはなぜこんな人物を雇ったのかと本気で彼の神経を疑い始めたその時だった。


「こちらにいらしたのですね! って、わぁすごい!」


 店内を見回っていたマリーゴールドが、私達の後を追ってやって来た。どうやら私がこの部屋に足を踏み入れた時と同様に、マリーゴールドも驚いた様子だ。

 街の一角にあるお店の奥の扉を開いたら、こんな大自然と繋がってるなんて驚くに決まってる。


「こんなに不潔で不吉そうな方は、初めて見ました!」


 思わず膝カックンしそうになった。

 マリーゴールドもこの景色に驚いたのかと思ったけど、どうやらオットーの姿に驚いただけだったみたい。

 しかもその驚いた様子が嫌味を全く含んでおらず、むしろ少女が初めてのおもちゃを見るように瞳を輝かせて言うものだから、私の脳は一瞬、彼女が放った言葉の中から自動的に不潔だの不吉だのというワードを弾き出してしまった。

 そのせいで、あれ、今マリーゴールドって毒っぽい言葉吐いたかな? なんて疑問さえ過る始末だ。


「オットー、いい加減そのふざけた容姿を元に戻せ」


 ふざけた容姿を元に……? どういう意味かと首を傾げながらレオンに視線を送ると、レオンは小さくため息をつきながら私に向けてこう言った。


「彼は容姿を変えられるんです。あれは本来の彼の姿ではありません」

「えっ? そんなことができるのですか?」


 魔法使いでもないのに? 錬金術師って化学者と同じような位置づけなはずでしょ?

 そう思って驚いた表情をしたまま、レオンから再びオットーへと視線を戻す。すると、オットーは自分の顔を片手で掴むようにしてクックックと、肩を揺らしながら笑っている。


「わかりました、わかりました」


 ローブのポケットから取り出した、小さな遮光瓶。それは私が持っている精油の瓶と似ている。

 その瓶の蓋を開けたと同時に、オットーはその中身をグイッと一気に飲み干した。


「わわっ」


 そう声を上げたのはマリーゴールドだ。 私も思わず片手で口を抑えた。

 謎のドリンクを飲んだ直後の彼の顔から白い湯気が立ち上り、シュワシュワと炭酸が弾けるような音が聞こえてくる。

 大丈夫なの? って心配になっていた矢先、その煙や音は徐々に弱く、そして静かになっていく。

 やがて湯気が完全に消えたと同時に露になったオットーの顔は、私が認識した彼のものとは別人だった。


 ……いっ、イケメンじゃんっ‼︎

 思わずそう叫びそうになった。ありがたいことに既に口を抑えていたため、言葉は吐き出さずにすんだ。

 代わりに今度は鼻血を出してしまわないように、空いた片手で鼻をそっと抑え込む。レオンのせいで鼻がバカになってる可能性があるため、不意なイケメンに警戒しただけなんだけど、刺さるような視線を感じて隣を見ると、レオンが私の顔を至近距離で見つめていた。


 ……な、なんで?

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