第58話

 私はマリーゴールドの隣に立って、彼女が真剣に見つめているオットーの机の上を覗き込む。作業台とも呼べる机の上は、物こそたくさん置かれているが、思ったよりもこ綺麗だ。


「リーチェ様、ここはリーチェ様の作業部屋になるのでしょうか?」


 キラキラとした瞳を向けるマリーゴールドは、まるで好奇心旺盛な子供のようだ。


「いいえ、ここは主にオットーの作業部屋となるでしょうね」


 そもそも扉を開けたら森の中なんて、果たして部屋と呼んでも良いのかわからないけれど。


「香水を調合する原料をオットーに抽出してもらいますが、店頭に置く香水や精油は調合方法を指示しておくので、それもゆくゆくはオットーにしてもらうつもりです。もちろん個別に依頼があればその方に合わせた調合を私がするつもりですが」


 レシピがあれば、わざわざ私が労働する必要はない。私が必要になるのは、そのレシピ作りとそれを下の者におろすこと、そして個別の依頼が入った場合のみ。


「まぁ! でしたらゆくゆくは私にも一つ、香水を作っていただけますでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


 マリーゴールドは両手にこぶしを作り、身をよじらせながら喜んでいる。

 本当に可愛いな、この世界のヒロインは。私は思わずほおが綻んだ。


「よければ今、何か一つ作って差し上げましょうか?」

「ええっ、よろしいのですか⁉︎」


 興奮するマリーゴールドを横目に、私はオットーを呼んだ。今日はちょうどオットーと顔合わせと、錬金術の技を見せてもらおうと思ってたからちょうどいい。

 オットーが錬金術に長けていることはさっきの薬で理解できるけど、実際にどうやって抽出するのかは見てみたい。


「オットー、私が指定する精油を今から抽出することって可能なのかしら?」

「もちろんっす。その原料になるモノさえあればですがね」

「じゃあ確認してくれる? 欲しいのはパインニードル、オレンジ、ローズオットーよ」

「おっ! オットーだなんて、俺と同じ名前の付く花を選ぶところが、さすがっすね!」


 何がさすがなのかは、つっこまないことにした。

 チャラい子には放置プレイがちょうどいいと、前世の私の経験がいっている。

 特に何かを考えて言っていない場合は、いちいちつっこんでいては体力が消耗してしまう。それにツッコミを待っていないノリで会話している彼だから、いちいち聞いていては話も滞る。


「どう? 手に入りそうかしら?」

「まぁこの場所なら大抵のものは手に入るので、いけると思うっすけど……」


 そう言った後、オットーは机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 古びた紙には魔法陣の模様が描かれている。それを元に近くにあった木の枝で地面に同じ模様を描いていく。


「それは、魔法?」

「俺のじゃないっすけどね。魔塔の魔法使いに借りたポータルです」


 ポータル……というと、瞬間移動ができる陣ってことなのかな?


「その陣は勝手に借りてもいいの?」

「勝手にじゃないっすよ。ちゃんとお金を払って借りてるんで大丈夫っす」

「お金? オットーが払ってるの?」

「まさか。経費で払ってくれるんでしょ?」


 そう言ってオットーは陣を描きながら、レオンの顔に目を向ける。

 気づけばレオンは私のすぐそばに立っていた。私を挟んでマリーゴールドとレオンが私の隣に立っている。


「よし、んじゃいっちょ呼び寄せますか」


 陣を描いた地面の上に、魔法使いに借りたという同じ魔法陣が描かれた紙を円の真ん中に置き、その円を踏まないようにしてオットーは立った。

 ーーパンッ! と手を叩いたと同時に「パインニードル、オレンジ、ローズオットー収穫!」と、オットーが叫んだと同時だった。

 円陣からはシュゥゥゥと旋風が噴き上げる。その風が止む頃には、円陣の中には指定した草花と果実の山が現れた。


 おお! 本当に魔法だ。すごい。

 いや、オットーの魔法でもないけど。でも前世にはなかった力がここにはあるという実感が、私の胸を躍らせる。


「あら、このローズはまだ開花前のようですね。咲き誇る前のものばかりですが、良いのでしょうか?」


 そんな疑問を口にしながら、ローズマリーはローズオットーを手にした。ローズの棘を気にしながら、七分咲の花の香りを嗅いでいる。


「ローズオットーはそれでいいんですよ。完全に開花すると香りが弱まるのでね。本当は太陽が昇ってしまうと開花して香りが弱まるんっすけど、そうならないように特殊に細工した場所で花を育てておいたんっす」

「へぇ、詳しいのね」


 意外だ。

 そういえば ottoオットー って言葉の由来はペルシャ語の attarアタール からきてたはず。花の精・香水という意味だ。

 ローズオットーを習った際、テキストにはそう書いてあった。

 そういう意味では、香水の原料になる精油を抽出する錬金術師のキャラ名がオットーなのはなるほど、と頷ける。

 とはいえ、オットーは私が作り出したキャラじゃないけど。

 厳密にいえば、私の描いたこの青愛の世界のキャラに間違いない。その容姿がそう物語っている。が、私が実際に作り上げたキャラではない。この世界がAI化し、私のイラストのテイストやらキャラを考慮して、自動で作り上げられたモブキャラといったところだ。

 だからこそオットーに関しては、実際はどういうキャラなのか、本心はどう思っているかなど、私の前世の履歴が通用しない人物ともいえる。

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