第22話

   *



 真新しいドレスにソデを通し、うちの家門の人間ではない侍女達が私のコルセットを締め上げる。

 ……私はここで一体、なにやってんだろう。そう思わずにはいられない。

 有言実行の男レオンが言った通り、バービリオン侯爵家の従者が一番足の早い馬に跨り、私のドレスを買い付けて来てくれた。しかもドレスに合わせて宝石まで用意させるというおまけつきだ。


 パーティ嫌いな男が、この家で今からパーティでも開くのか? と思わせるほど私を着飾らせてきたため、困惑を隠せずにいる。

 ドレス代は経費で落としてくれるのかな? 請求書は男爵家に送らないように口裏合わせておかなくては。マルコフに言えばドレスくらい買ってくれるし、このくらいの金額どおってことはないのだろうけど、侯爵家から支払い請求が来たとなると要らぬ誤解やら勘ぐりは防いでおきたいところだ。


「失礼いたします。夕食の準備が整いましたので今から広間にご案内致します」


 ドレスを着こなし、ついでに髪のセットまでしてくれた侍女に代わり、別の侍女が私を連れて広間まで案内してくれた。

 広い屋敷。広さだけでなく格式の高い侯爵家内部。私がマンガの内部に描いたのは一部だけど、間取りや全体像は自分用の資料として思い描いていた。ここは私の資料通りの建物だ。だからこそこうして初めて通る廊下ですら、親近感を覚え、これからどのルートを通れば広間に着くのかも把握済みだ。

 もちろん初めて侯爵家を訪れたリーチェが知っているのはおかしな話だから、勝手な事はしないけど。


「ご主人様、トリニダード男爵令嬢様をお連れ致しました」


 案内されただだっ広い広間の真ん中には長テーブル。その中の上座にレオンは座っていた。すでに部屋の中で待機していた執事が私をレオンの向かいに座らせた。


「ドレスの着心地はどうだ?」

「ええ、選んでくださったものが私のサイズに合っていたようで、とても着心地が良いです」


 この私の臓物を締め上げるコルセットさえなければの話だけど。


「ドレスに合わせて宝石までご用意くださり、ありがとうございました。お支払いに関してですが」

「それに関しては問題ない。代金は気にせず受け取ってくれ」

「けれど……」

「あんな姿で帰らせる方が心苦しいからな。それよりも食事にしよう」


 この件は終わりだと言いたげに、レオンは左手をすっと上げた。するとその合図を受けて、そばにいた従者達が私とレオンの前に料理を運ぶ。


「酒は飲めるのか?」

「はい。嗜む程度には飲めます」


 本当は嗜むどころか樽でもって来て欲しいくらいだけど。商人であるマルコフの血筋なのか、お酒にはめっぽう強いらしい。ただし全く酔わないわけではなく、飲むとフワフワとした気持ちになり、それが永遠と持続するタイプだ。決して前世のように吐き散らかすことはしない。そこが何より大事なポイントだ。


「では先日手に入れたワインを持って来てくれ」


 言い方からして何やら秘蔵のものっぽい。思わず舌なめずりしそうになったのを、口元を綻ばすフリをして誤魔化す。

 その間にも料理は順番に運ばれ、秘蔵っ子ワインを今か今かと待ちわびていたけれど、どうやら細いグラスに注がれたのはスパークリングワイン。料理も見る限りアントレの様子だ。


 フレンチスタイルなのかな? コースで振舞われるような少量で軽いものから順番に運ばれてくる。急に夕食を一緒に取ることになった割に、用意周到だ。さすがは名門の侯爵家。

 食事が終盤に差し掛かり、メインディッシュと共にレオンが言っていたであろうワインもふるまわれ、気持ちが幾分も良くなってきていた矢先の事だった。

 なんて事ない会話を繰り広げていた最中、レオンが本題に踏み込んだ。


「ところで俺に話したいことがあるようだが、それは一体どういう話なんだ?」


 イケメンとの食事に夢中になりすぎて、本題をすっかり忘れてしまうところだった。

 グビグビッと飲み干したワイングラスをテーブルに置くと、すぐさま背後に立つ従者がワインを注いでくれる。なんて素敵なシステムだ。

 そんな事を思いながら、私は口を開いた。


「ビジネスの話です。実は香水を作るにあたって、もっと数多い精油を使いたいと考えています。ただ世に出回っている精油だけでは私の作りたい香油ができないのと、運よく見つけた精油も物によって価格が高価すぎるのが現状です」


 高価な香水を作るのはいいけど、原価はなるべく抑えたいところ。この世界の精油は数が多くない。今まで手に入れたものも結局はマルコフの力を借りて流通経路をおさえて購入したものにすぎず、決して安くはないのだ。


「ですから私としては抽出者を雇いたいと考えています」

「錬金術師を雇うということか?」


 レオンの言葉に、私はゆっくりと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る