第11話

 あの後無事にレオンと書面にて契約を交付した。

 取り分は7:3の割合で、7割を私が、残りの3割をレオンに渡すという条件だけど、材料費や機材、必要なものはレオン側が出資してくれる。

 私がゆくゆくはショップを構えたいという考えを伝えると、その自立支援としてのコストもレオン持ちで用意してくれるという話になり……正直相手がレオンでなければ胡散臭いとしか思えない条件だった。


 騎士であり、仕事もできる敏腕な彼だからこそビジネスパートナーとして契約したのだけど、正直好条件すぎて疑問だらけだ。

 私はレオンが騎士としての様子はマンガ内で描いても、その他の仕事事情はほぼ描かなかった。レオンは全てにおいて完璧な私の理想を詰め込んだから、多方面において手腕を発揮できる人物だということは間違いないんだけど。


 問題はどうして私をここまで助けようとしてくれるのか。理由は分かってる。私の作る香水が欲しいから。それも喉から手が出そうなほど切望してるという事も。

 だからこそこの契約の中で彼が一番優先させたい条件としたのは、レオンが欲しがれば私は出来る限り優先度を上げて彼個人用の香水を作る事。そして媚薬効果のある香水の販売価格は高値に設定し、流通経路はレオンに任せるとの事だった。

 要は媚薬香水の主導権を掌握たいという事だ。私としては他の香水で事業展開していければいいから、別に構わない。

 私の疑問は、なぜ彼がそんなにまでして媚薬香水を得たいと思っているのかだ。


 彼の先見の明? 香水事業が発展する見込みが大きいから、一口噛んでおきたいって事? いいや、それはない。香水自体はこの世界にごまんとある。ただ私はそんな香水ではなく、アロマに特化して芳香療法を行っていきたいのと、もっと個人に合わせて、その人だけの特別な香りを作りたいから、そこが他とは違う。その分価格も高く設定していくつもりだ。ここはレオンと意見が一致したところね。


 でもその話は契約を結ぶ時に話しただけだから、ビジネスパートナーを希望した時は知らなかったはずだし。

 そもそもバービリオン侯爵家も資産家だ。歴代の侯爵からレオンまで皆頭が切れるから、ビジネスのやりくりも上手い。その上レオンは皇帝一と言われるほどの騎士。皇帝からの寵愛や信頼と共に、遠征で得た報酬もかなりのものだ。

 そこまで考えた時に、ふとある疑問が頭を過った。


「はっ、もしかして……」


 レオンってば、マリーゴールド以外に好きな女性ができたって事?

 いや、催淫効果のある香水を欲しがっている地点で、その気はあるんだけど。でもまさかレオンに限ってっていう考えが私をその答えへと導かなかった。

 今後のためにとか言ってたけど、レオンに限ってそれはない。そんなものを必要とするキャラじゃない。

 ならどういう事? マリーゴールドに出会う前に、気になる人がいるの? 私が知らない裏設定ってやつ?

 いやいや、あの堅物にそんな気はなかったはずだけど……。


 頭の中で自分の描いたマンガのページをペラペラとめくる。夜会に出ても女性との関わりをなるべく避け、話しかけられてもそっけない態度、ダンスの申し込みなんてもってのほか……なレオン・ベイリー・バービリオン。そんな彼が興味を惹く女性がマリーゴールド以外にいるはずがない。

 だったらマンガの設定より先に、マリーゴールドとどこかで会ったと考える方が筋が通るかも。でもどこで? その発想は大筋のストーリーがズレることを示唆する。


 悶々と考えていた時、ノックもせず勢いよく扉を開けて入ってきたのは、リーチェの父親マルコフ・ロセ・トリニダード男爵閣下だ。


「リーチェ、聞いたぞ! あのバービリオン侯爵とビジネスパートナーを組んだそうだな!」


 ㇵの字型のチョビ髭を携え、髪型は7:3でキッチリ分け、ポマードで塗り固められた髪はちょっとやそっとの風では靡かない。

 背は決して高い方ではないけれど、一代でトリニダード家を築き、男爵の称号を得た男なだけあって、威厳となるオーラを放っている。そのオーラが彼を大きく見せているという風に描いたが、現実世界であるこの世界では本当にその通りに見える。


「さすがは我が娘。あの堅物で有名な侯爵と関わっただけではなく、ビジネスまで起こすとはな。パパは実に誇らしいぞ!」


 マルコフこそ、さすがは商人。

 レオンと契約したのは昨日の夜の話なのに、今朝にはもう情報が耳に入ってるのだから。娘の私はまだ、報告すらしてないというのに。


「パパ、喜んでくれるのは嬉しいけれど、年頃の女性の部屋に入る時はノックくらいしてください」

「すまない! あまりに喜ばしい事案だったものでな!」


 ビジネスパートナーになったというだけなのに、マルコフのこの喜び方はまるで私がレオンと婚姻を結んだかのように見える。

 いいや、貪欲なマルコフの事だ。きっとここから徐々に娘を侯爵家に嫁がせる算段を練るつもりだっていうのが丸わかりだ。


 残念ながらそうならないのが、私のポジションだというのに。彼が下手な真似をしてレオンを刺激しないようにしなければ。せっかくの好条件で、今のところ良好な関係でいるのだから、この関係に不用意な亀裂が入ることは避けたいところよね。

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