第12話

 だったら先に、釘を打っておかなくちゃ。


「パパ。これは私がはじめて自分で興した事業なのですよ。これがどれだけ大変な事か、事業主としてパパなら分かってもらえますよね?」

「ああ我が愛しの娘よ。もちろんだとも」


 これは間違いなく、分かってないわね。がははっと大口開けて下品に笑うこの感じは、全然真剣に私の話を取り合ってない証拠だ。

 まぁ、マルコフは私がビジネスを興して成功する事よりも、力のある爵位を持つ貴族の誰かと結婚することの方が喜ばしいもんね。そもそもお金ならマルコフの事業で十分あるし、むしろ私が仕事なんてして殿方が嫌煙しないかどうかの方が心配なんでしょうけど。

 なにせこの世界は女性は大人しく家の中にひきこもってる方が美徳とされた、古き良き時代と言われた日本と同じ思想を持ってるから。


「でしたらパパは何もせず、ただ黙ってこのビジネスが上手くいくことだけを願っていてください。決してバービリオン侯爵様との仲を拗らせるような事はなさらないで下さいませ」

「もちろんだとも!」

「決して縁談を結ぼうだなんて事も、考えないと約束してくださいますか?」


 ハッキリと言っておかなければ、マルコフは間違いなく自分の利益を勘定して私の邪魔をするはずだ。

 商人で、成り上がりの貴族なだけあって、遠回しな言葉では彼には届かない。ストレートに伝えたところで届くわけもないけど、キチンと承諾を取っておくのは悪くない。

 なんなら書面でも交わしておくべき? 相手は父親とはいえ商人なんだし、それくらいしてもいいかもね。むしろそれを拒否った時の態度で、マルコフがどう考えているのかわかるかもしれないし。


「いいや、ビジネスパートナー兼旦那だなんて響きがいいとは思わないか?」


 ……おい! そもそも隠す気もないのか!

 ガハガハと大口を開けて笑う様子に、不快度数がグングン急上昇していく。こんなことならマルコフの口を小さなおちょぼ口で描いてやるんだった。そしたらこんな状況下でも笑いが込み上げてきてイライラも抑えられたでしょうにっ!


「パパ、私はそんな風には思いません。むしろそんな事をすれば、せっかくの私の取り分が全てバービリオン侯爵様に入ることになるじゃないですか」


 せっかく人が締結させた契約の取り分であり、あんたのそのヘンテコリンな髪型と同じ7:3配分が私個人に入ってこなくなるのは面白くない。

 働き蜂のように働いてお給料がちゃんともらえないなんて、どブラック企業じゃない。


「何を言っておる。その侯爵家の資産もお前の一部になるではないか。むしろそんな事業で稼ぐお金の何倍もの資産ををお前は得ることになる。働かなくても済むのだぞ?」


 それは夢のような話だわ。

 だけど、相手がどこぞの資産家の侯爵家の子息だったらの話で、レオンじゃなければっていう条件がついてくるけどね。

 誰が物語のヒーローを落とそうなんて思うもんですか。レオンの相手はマリーゴールドって決まってるんだから。これは運命なのよ。


「パパ、私ならばきっと、もっと他に良い縁談を結ぶことができます。せっかくできたバービリオン侯爵家とのコネクションなのですよ? あの女性嫌いの侯爵様を縁談などという話を仄めかして、気分を害されるのは私としては遺憾です」

「ほう? ではなにか、リーチェにはバービリオン侯爵家以上の縁談を得る確証があるというのだな?」


 ニヤリとほくそ笑むマルコフの様子に私は、必死になって表情を崩さないように努めた。

 ……そんなの、嘘に決まってるじゃない。レオン以上の縁談なんて、かなり絞られるわけだし。全くもって口から出まかせだ。


「確証があるわけでは……ありません」


 考えろ、考えろ。誰か一人くらいいるんじゃない? 私でも攻略できそうな、人物が。私が作った世界観で、私はいわば神の様な存在じゃない。主要な登場人物も、この先に起きるであろう出来事もマンガを通して知ってるんだから。


「ではそれが誰なのか、言ってみなさい」

「そっ、それは……」


 皇帝陛下とか言っちゃう? ……いっ、いやいや。落ち着け。陛下は満70歳のおじいちゃんじゃん。それはいろんな意味でも無理だし。

 だったら陛下の息子である皇子達なら? ……うーん、皇子とはさすがに現実味がなさすぎて、マルコフにバレてしまうかも。まだ一度も皇室からの夜会には参加していないのだし、今の私には接点がなさすぎる。

 かといってマルコフと接点がある貴族もダメだ。私が嘘をついてるのがバレてしまう。嘘だとバレない程度の距離感で、かつ上位貴族だったら……。


「今朝届いたこの、お前宛てに届いた手紙の相手……ではないか?」


 そう言って背中に隠していた手をスッと顔の高さまで持ち上げた。マルコフの手に握られていたのは、真っ白な便箋と、赤い封蝋。その封蝋には貴族の家紋の印を押されているが、この距離からではどこの家紋なのかがよく見えない。

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