第13話
「リーチェよ。私は本当にお前が誇らしい」
ガハガハと笑うマルコフは、何やら上機嫌だ。
私宛の手紙? しかも差出人は貴族から? どこの貴族だろう?
社交界に顔を出すようになってから会話した貴族の顔を思い出す。マルコフの様子から見るに、家紋はそれなりに良いみたいね。
手紙を受け取ろうと手を伸ばした時、私の背中にヒヤリとした冷気が走った。
「パパ、それは……!」
「そうだ、コーデリア公爵からの手紙だ。バービリオン候爵の事といい、コーデリア公爵までとは。我が娘ながら隅に置けんなぁ、ガハハッ!」
キールからの手紙……なんでキールが手紙を⁉ そんな疑問も、今は端に押しやり、手紙を受け取るよりも先に、この愚かな考えを否定するのが先決だ。
「ちっ、違います!」
私は立ち上がって抗議しようとしたが、マルコフはすでに何か悪巧みでも考えてそうな顔を向けている。
「照れなくても良い。この手紙はコーデリア公爵家の第一騎士団の騎士が、直々に持って参ったものだぞ。それほど丁寧な扱いを受けた手紙をいただいたのだ。まるで公爵の気持ちが透けて見えるようではないか」
あたり前だけど、そんな色恋の話で彼が手紙を送ってきたわけではない。
この口調だとマルコフは馬鹿なのかな? 田舎男爵娘に公爵が恋をするとでも?
いいや、マルコフは全て分かってた上で言ってるに違いない。社交界での私の立ち位置を誰よりも知ってるのはマルコフだ。
金で買った爵位など、本物の貴族からすれば庶民と同じ。卑しいと思う貴族が大半なのだから、好意を持つ輩がいる事の方が稀だと知っているはず。だからこそマルコフは社交界にあまり顔を出さないのだ。
その上キールの女癖の話は有名で、もちろんマルコフ自身も知っている。
……が、その上でこんな事を言っているのだから、この男は本当に食えない。
遊び人だろうと、歳を取った男だろうと、離婚してようと……娘が結婚し、爵位の恩恵にあやかれさえすればそれでいいと考えているのだろう。
それだけならまだしも……キールだけは絶対にダメだ。何のために、私が苦労をしてあの男を避けようとしてきたのか分からないじゃないか。
私に死ぬ意志がなかったとしても、運命の糸がどこで帳尻を合わせだすか分かったものじゃない。だからキールだけは絶対にダメ。阻止しなくちゃいけない対象だというのに……!
「……なんでも結婚にかこつけようとする思想は、少々危険です。私も重々自分の置かれている状況を理解していますので、どうか落ち着いて下さい」
「ではなぜ、コーデリア公爵家からお前宛てに手紙が届いたのだ? 男爵閣下であるこのワシではなく?」
「それは……昨日、顔を出したパーティで少しコーデリア公爵様ともビジネスの話をしたので、それで興味を持っていらっしゃるのではないでしょうか?」
「ほぅ、ビジネスか……。噂だと、仕事よりも女性に興味をお持ちなお人柄のようではないか?」
ニヤリとほくそ笑むマルコフ。チョビ髭をなでつけてるその様子を見ていると、その髭を引っこ抜いてやりたい気持ちになってくる……!
けれどそんな一時の感情も胃の底へと落とし込み、ふうと小さく息を吐いた。
「とにかく今は、その手紙を受け取ってもよろしいでしょうか? いただいた手紙を拝読し、内容によってはキチンとした返事をしなければなりませんので」
今はこう返すので精一杯だ。そもそも手紙の内容もよく分からないのだから、ヘタな事は言えないし。
……ただ、良い内容ではない事だけは手紙を読まなくても分かるけど。
「ああ、分かった分かった。とにかく上手くやるんだぞ」
やっと手紙を受け取り、マルコフが部屋を出て行ったのを確認してから、引き出しの中にあるペーパーナイフで封を開けた。
手紙の内容はこうだった。
愛しのリーチェへ
「ちょっと待て。宛名からすでに突っ込みどころ満載なんだけど!」
抑えきれず、思わず手紙を握りつぶしてしまった。
愛しのって、なに? 人の事殴ろうとしたり、最後は捨て台詞みたいなのまで吐いてなかったっけ? なんなの? サイコパスなの? そんなキャラ設定した覚えはないんだけど!
ほんとコイツは、中身を読む前からイラっとさせる距離感取ってくるじゃん。
一旦深呼吸して気持ちを落ち着かせて、くしゃくしゃになった手紙をもう一度開く。
えっと、なになに……?
愛しのリーチェへ
昨夜の君と出会った俺は、甘美なる君の誘惑から未だに解放されず、どこか夢うつつといった気持ちのままこの手紙を綴っている。
突然現れた四角四面な男が俺達の間に割って入らなければ、きっと今ごろリーチェと俺の仲が進展していたであろう。そう考えると遺憾千万でならない。
そこでリーチェには今度我が屋敷で開かれるパーティーに是非参加して欲しいと思い、招待状を同封しておいた。心配することはない、邪魔者は門前払いどころか招待状を持たないのだから来ることもないだろう。
ゆっくりとこの間の続きを楽しもうじゃないか。
追伸:
俺が直々にリーチェの父君マルコフ男爵に進言し、君と会う手はずを整えてもいいのだが、それはまだ性急すぎるだろう?
とにかく、いい返事を待っている。
――キール・ロッジ・コーデリア――
なっ、なんだこりゃ……! あいつマジでサイコパスじゃない!
ワナワナと震える私の手で、手紙は再びクシャリと握りつぶされた。
っていうかこれはなに? ポエムかなにかの一種なの⁉ 妄想だらけの内容で怖いんですけど!
しかもキールの家でのパーティなんて行きたくないし! 私が断る事を見越した追伸がまた、いやらしいったらありゃしない! 要は私が断ったら、マルコフに直談判するつもりなんでしょ? わざわざその話を持ち出したって事は、私が断れない事も知ってるんだわ。
トリニダード男爵家が成り上がりで、マルコフが私の婚姻でさらに上流階級へとのし上がりたいって考えてる事も承知なんでしょうね! ゲス男め!
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