第62話

 私は、私を乗せた馬車が襲撃された事実を思い出した。

 相変わらずワケのわからない状況を把握したと同時に、ゾワリとした恐怖が私の体の芯を縮み上がらせる。

 瞳孔は恐怖で縮み上がり、体も同じように小刻みに震える。

 情けないとは思うけど、怖いものは仕方がないし、自分の意思では止められない。


 私は、どうなるの? こいつらは一体、なにが目的なの?

 族? それにしては身なりが変だ。それに私がつけているネックレスやピアスはそのままある。ということは金銭目的ではない……?

 もしくは身代金目的の誘拐? だから身に付けてるものには興味を示さない、とか……?


 私はどうなるのだろう。どうやってここから逃げたらいいのだろう。

 そもそも逃げ出せれるのだろうか。こんなふうに手足を縛られ、何の力も持たない令嬢ごときに何ができるのだろう。

 男の一人がきらりと光るナイフをちらつかせる。ローブの下、腰には剣が下げられているのも確認できた。


 ああやっぱり私はーー死ぬの?


 物語通り自殺をしないですむようにキールを避けてみても、あいつは私を追ってきた。

 それでもキールを好きにはならなかったけど、代わりに不毛にも男主人公のレオンを好きになってしまった。

 レオンは私のことを好いているようなことを言っていたが、結局はマリーゴールドと出会い、二人は惹かれ合っている。

 運命は少しずつ変わってきた。けれど、根底のところは変わっていない。

 レオンとマリーゴールドが惹かれ合ったように。

 そしてーー。


「やっと自分の立場を理解したようだな」


 そう言ってフードを被った男の背後から現れたのは、私が一番顔を付き合わせなくない相手。

 ……キール・ロッジ・コーデリア。


「おい、口もきけるようにしてやれ」


 キールの言葉を受けて、私のそばにいる男が口元の布も外す。


「なんだ、普段の威勢はどうした?」


 はははっと笑うキール。美麗な彼の顔も、今となっては醜く見える。


「さすがのお前も、この状況に恐れをなしたのか?」


 恐れをなしたのか……ですって? よくもそんな言葉をこの状況でいえたものね。

 女性を拉致し、小汚い場所に連れて行き、自由を奪った上に、男二人に刃物をチラつかされて、恐るなという方が無理な話だというのに。

 けれど私はキールの顔を見た瞬間、不思議とその恐れという感情がスーッと引いていった。

 引いていった恐れは、怒りと苛立ちの感情となって私の頭に昇っていく。


「……私を、殺すおつもりですか?」


 キールが現れたことで、さっきまで頭の片隅によぎっていた身代金による誘拐の線は消えた。

 犯人がキールなのであれば、理由は一つ。プライドだ。

 私が彼のプライドをズタズタにした。さらにいえばレオンとの決闘のこと。

 コイツは返事を保留にしていたけれど、結局は決闘なんてする気ははなからなかったんでしょうね。

 決闘を申し込んだ私を亡き者にし、全てを無かったことにするつもりだったんだ。


「それはお前次第だな。ここで俺を楽しませることができれば、命までは取らずにいてもいい」


 クズが。そんな言葉を信じられると?

 脳みそが下半身に付いているこのクソ男は、私とここで体を合わせた後、そのまま殺すつもりだろう。

 私がキールを拒もうと拒むまいと、結果は同じこと。

 すぐに殺すか、後で殺すか。たったそれだけの違いだ。


 恐怖に負けて彼を受け入れるだろうと、このゲス男は思っているだろうけど、そうはいかない。お前の薄汚い考えなんて、私には透けて見えている。

 私を殺すかどうか判断を決めかねているのであれば、私をこんなボロ小屋には連れてこなかったはず。

 人が、ましてや貴族がいるような場所ではない。そんな場所でそんな条件を提示してくる地点で、答えは一つしかない。


 これだけプライドの高い男が最後に私を抱こうとするのは、私を従え、亡き者にしたいからでしょうね。

 その上で、後日発見された私の死の原因については、山賊にでも強姦されて殺されたのだというふうに見せる。

 そしてそんな無残な私の死を知ったレオンの心に、このクズ男は傷を付けたいのだろう。


 キールはまだレオンが私を好いていると思っている。あのパーティでレオンが私をエスコートしていたのだから。

 今はもう気持ちが離れているけれど、それをまだこの男は知らない。

 けれど何が残念って、全ての状況がキールの思惑通りになってしまうということだ。

 だってレオンは間違いなく、私が死んだことを知れば後悔する。

 なぜあの日、私をちゃんと家まで送り届けなかったのかと。

 例えもう私に恋心を抱いていないとしても、彼は私のパートナーとして全うできなかったことを今後の人生でも苦悩することになる。彼はそういう人だから。


「暴れるなよ? 少しでも変な気を起こせば、すぐに殺してやるからな」


 そう言って、レオンはフードの男からナイフを受け取り、私の足を縛っているロープを切った。

 自分から選択肢を与えておいて、その返事を聞かないなんて。本当にこの男には幻滅しかない。

 黙って見つめればキスをせがんでいる。避けているのは俺の気を引くため。

 お花畑でミジンコ以下の小さな脳みそを下半身に持つこの男は、返事がないのはイエスの証拠だと思っているに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る