第67話

「リーチェッ!」


 ーーはっ、と目を覚ました。

 私はフカフカのベッドの上。大きく目を見開き、開け放った瞼の先に見える天蓋を見つめた。

 ここは……私の部屋?


「リーチェ!」


 私の手を包む温もりに目を向けると、そこには心配そうに、青い瞳を私に向けるレオンの姿があった。


「あれ……私……?」


 えっと、なにがどうなってるの?

 記憶をさかのぼろうとしている私の手を、レオンはぎゅっと握りしめた。

 いいや、元々つかまていた手をさらに強く握られたというのが正しい言い方かもしれないけど。


「よかった……目を覚ましてくれて」


 悲痛な声で私の手に額を押し当てながらそう言うレオンに、私の胸は締め付けられる。

 それは今、握りしめられている私の手よりも、ギュッと強く。痛いほど強く。

 ……痛いのに、でも、その痛みが嫌じゃない。


「リーチェ、あなたは四日間も目を覚まさなかったんです」

「えっ⁉」


 四日も!? でもなんで? 確か私は、なぜだかレオン呼ばれていたような……?

 記憶が朧げな記憶を探っていくと、徐々に思い出されるあのにっくき男のクズ具合。思わずシーツをクシャリと握りしめた。


「思い出したようですね」


 レオンは切れ長な瞳の角を柔らかくしならせて、微笑んだ。それはドキリと心臓が高鳴る笑みだった。

 そうでした。あれだけ死んでからあいつの恨みつらみが出てきたくらいの出来事なのに、よくもまぁ忘れてたものだ。

 いや、正確には死んでなかったようだから、死の淵にいたというのが正しいのかもしれないけど。

 そう思って私は自分の体に目を向ける。


「あれ? 怪我、してない?」


 キールに背中から刺されたはずなのに、刺された痛みがない。空いた片手で背中に手を伸ばすが……届かない。リーチェってば、体めちゃくちゃ硬いじゃん。

 そんな私の様子を見ていたレオンは、フッと声を漏らして笑った。

 声を出して笑うレオンは貴重なため、思わず手を止めてレオンを魅入っていると……。


「ああああああああっ!」


 私は慌ててベッドから抜け出そうとして、レオンに止められてしまう。


「どこへ行くつもりですか? まだ安静にしていてください」

「お願いですから行かせてくださいっ! というかどこも怪我をしていないのですから、行かせてくださいっ‼︎」


 後生だから行かせてくれ! お願いだから!

 私をベッドに縛りつけようとしてくるレオンのはるか後方、そこの壁に貼られたものを見て、一瞬意識が遠のきそうになった。


「怪我をしていないのは治療したからです。外傷や痛みは消えても、あなたの体内では細胞レベルで体を修復しようと活発に活動している状態です。ですからどうか大人しく安静にしていてください」


 ああ、もうそんなことはどうだっていいんだってば! それより恐ろしいことが目の前に広がっているというのに!

 いっそのこと、もう一度倒れようか! むしろ、もう数日ほど眠らせてくれ! じゃないと、今なら羞恥心で死ねるっ!

 ーー私がそう思う理由は。


「ああ、これらの絵のことですか?」


 あっさりとそう言って、レオンは懐から何枚かの紙を取り出す。四つ折りに折り畳まれたそれを、丁寧に開いていくレオンを見て、私はーースンと大人しくベッドに仰向けになり、静かに目を閉じた。

 レオンが持つ紙がなんなのか、その中に何が描かれているのかをすでに理解していたから。

 何を隠そうそれは。


「肖像画の下絵、でしょうか? リーチェにこのような絵の才能があるとは知りませんでした」


 ……そうです。それらは私が描いたレオンの線画。

 様々なアングルから視線から攻められたとしても、対応できる鼻血を出さないようにするためのもの。


「香水のことにも詳しいですし、リーチェは本当に多彩ですね」


 レオンがいくら褒めようが、持ち上げようが、私は無視を決め込む。目すら開きません。

 残念ですがレオン、私はもう死んでいる。

 大人しく永遠とわに眠りますので、お静かにお引き取りください。

 その際はどうか、その絵は置いていってください。もしくは私のこの身と共に、火に焚べてください。

 この世界で火葬は一般的でないのなら、暖炉の火に焚べるなり、それで焼き芋を焼くなりしてください。


 黒歴史がこの世に残っていては、死ぬに死にきれないので。

 ……いや、それでも死にますけど。

 しかしこの世界で唯一(私にとっては)絢爛豪華な顔を持つこの男は、私の頬を許可もなく撫で回している。


「リーチェ、あなたはこれほどの数の肖像画を描くほど、私のことを好きでいてくださったのですね」

「それは誤解ですっ!」


 思わず蘇ってしまった。

 ガバッと状態を起こし、レオンの手からさっきの紙を取り上げようとしたけれど、思った以上近くにあった彼の顔と危うくぶつかるところだった。

 昭和臭を漂わせる設定。ヒーローとぶつかってキス、なんていうフラグを起こすところだった。危ない危ない。それは本気で死に直行する。致死量の血を噴き出して。


「あなたは本当に素直ではないですね。ここまできて、どうして否定するのか私にはわかりません」

「だからそれは誤解だからです。誤解なら否定するのは当然ですよね?」

「では、どう誤解だというのですか? このような絵まで描いておきながら……」

「きゃーっ!」


 それはレオンの上半身裸のイラストだった。艶かしいイラストに、レオンはふむっなんて言いながら魅入っている。


「……どこかで素肌を見せたことがあったのでしょうか? ホクロの位置まで正確ですね」

「ぎゃーっ!」


 そんなこと言わないで! そもそも私は知ってて当然なんだから!

 だからどうか、私をムッツリ設定するのはやめてね!

 紙を掴もうとした伸ばした私の手をひょいと交わし、逆にその手を掴まれてしまった。

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