第60話

 錬金術って、すごい。魔法を使わずにアロマオイルを抽出しようとしたら、信じられないほど時間と、場所と、それに合わせた機械も必要になるというのに、こんなに一瞬で、あっさりと抽出できてしまうんだから、やっぱり錬金術師を雇ってよかった。

 私は抽出された精油の入った瓶を一つ手に取る。


「思ったよりも量が多いのね?」


 精油はいわば草木や花の濃縮だ。濃縮している分、原材料を多く必要とするのが普通なのに、男性が両手で抱えれる量なんて本来であればしれている。

 それなのに10mlの量が入る遮光瓶の中には、精油が3分の1の量も抽出できていた。


「そりゃ人間の手で一つ一つ抽出していくよりかは量取れるっすよ。なんせ原材料の全てを圧縮して取ったんっすからね」

「なるほど。じゃあ効率も良い上に自然環境にも適してるっていうわけね」


 大きく見ればコストカットにもなって、良いことだらけね。


「それじゃ、ここからが私の腕の見せ所ってところかしら?」


 私はドレスの袖をまくり上げ、あたりを見渡す。


「私がここで作業する時は、どこを使えば良いのかしら?」

「ああ、リーチェさんのものだったら、この棚に置いてあるっす。他に必要なものはこの陣使って呼び出すので、教えてください」


 オットーはさっきとは違う陣が描かれた紙を手に取った。

 本当に魔法は便利だな。不要に物をここに置いておかなくても良いんだもんね。


「作業台も用意するっすけど、今だけならこの机使ってもらったら良いっす」

「わかったわ」


 私は扉のすぐ近くにある棚に向かい、物色する。私が欲しいのは、無水エタノールと精製水、そして香水を入れる小瓶。

 小瓶は遮光性のない、透明なもの。瓶の外側にはローズの蔦が張っているような、女性らしいものを選んだ。

 どれもサンプル程度には棚に置かれていた。それを手に取り、再び机のある場所に戻る。


「女性は男性と違って筋肉よりも脂肪が多いので、だからどうしても血液が流れにくくって体が冷えやすいのです。体が冷えれば疲れが溜まるし、体もむくんでしまう。なのでそれに特化した香水を、マリー様に差し上げたいと思います」


 マリーゴールドは両手を胸の前で合わせて、瞳をキラキラを輝かせる。

 そんな彼女を横目に私は、話をしながら香水瓶の中に無水エタノールと精製水、抽出した精油を順番に入れていく。


「トップノートにオレンジのアロマを。これは爽やかな柑橘の香りが体の緊張をほぐしてくれます。精神面の緊張だけでなく、体の強張りもとってくれるので胃や腸の働きを促進させ、血流も促してくれる」


 市販で売っている香水よりも精油で作った香水は、香りが弱い。10mlの香水を作るのに、アロマオイルは大体20〜40滴を合わせ、数種類の精油をブレンドすることにより、奥深い香りを作ることができる。


「ミドルノートにパインニードルで、心も体も温める。パインニードルは血液と体内に流れる気の流れ、エネルギーの流れを良くすると言われているために、心と体を強壮する役割があります。また、毛細血管を広げてくれるので、血流を促進して、肩こりや疲れを楽にしてくれる効果も得られます」


 昨日キールに叩かれた頬にもパインニードルの香りが効果を奏した。血管を広げてうっ血を除いてくれる効果があるから。

 もちろん、香りだけで即効性があるわけじゃないから、屋敷についてすぐに治療はしてもらったおかげでもあるのだけど。


「最後に、ローズオットーですね」

「あっ、俺っすね!」


 いや、お前ではない。そう言いたげな視線をレオンはオットーに向けた。


「ローズオットーは香りの女王とも呼ばれるほど、気品に溢れたフローラルな香りを楽しめる精油です。精神的にも肉体的にも、バランスを整えてくれます」


 女性であれば生理痛、月経不順、PMSなどホルモンが絡む不調を整えてくれる。男性に関しても性的な問題を正常に整えてくれると言われている。

 ローズオットーに限らず、ローズは伝統的に愛の象徴とされ、催淫剤として広く使われてきた香りだ。

 ジャスミンやイランイランと同様に使用され、私が今後、一般用に媚薬香水を作る時にはローズを使用しようと考えているほどだ。

 説明をしながら、全ての原料を入れ終え、最後に蓋をして香水瓶の中身を攪拌かくはんする。


「できました。気に入っていただければ嬉しいのですが……」


 香水をマリーゴールドに手渡すと、彼女は宝石をもらったかのような笑みで煌めく香水瓶を見つめている。

 この瓶はパフのついたスプレータイプではないため、蓋の裏側についているガラス棒についた香水を体の付けたい部位に取るか、香水瓶の口を塞ぐようにして手に取るかしてもらわないといけない。

 蜜蝋を使った練り香水でもよかったかな? なんて考えていた時だった。


「なんて良い香りなんでしょう……とても気に入りました」


 そう言って、彼女は咲き誇り始めた美麗な花のように、笑みをこぼした。

 この非現実的な場所と合間ってか、彼女はどこか神秘的に見え、私は目を見張る。自然と一体化し、かつ、広大なる自然の美しさをも凌駕する彼女の神々しさに、私の口は自然と閉じてしまった。

 彼女の美しさを表現する言葉を、私はきっと持ち合わせていない。

 きっとそれは、この場にいる誰もが私と同じ考えに違いないだろう。マリーゴールド以外に誰も口を開こうとはせず、時が止まったように動きを止めていたから。

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