第5話
ここで私がキールの下手な小芝居にのらなければ、今後は夜会に参加できないように裏で手を回すってことね。
キールほどの地位があれば、私みたいなしがない男爵令嬢の一人や二人、簡単につま弾きにすることは可能でしょうね。
出会ったこともなかった私が、キールを避けて夜会に参加してた。その事や、今日私がこのパーティに参加してる事など簡単に調べられるはず。
だったら、私がなぜパーティに参加しているのかも把握しているんだと思う。
私は前世で得た知識――アロマセラピーの知識を使って、香水事業を立ち上げたばかりだ。そのために社交界では人脈や、インフルエンサーを見つけて使用者を増やしたいと考えていたのだ。
キールはそんな私の事業にケチをつけるつもりなんだ……コイツ、私が想像していたより数倍もクソ男ね。不快度数も爆上がりだわ。
「恐れ入りますコーデリア公爵。そろそろ女性というものを、真に学ぶ時かと存じます」
ルビーの瞳が、みるみる見開かれていく。そこには驚きの色を乗せながら。
キールに惚れた設定のリーチェだったらきっと、コイツが何を言おうと、いくら品行が悪かろうと受け入れて、本当の気持ちは胸の内に秘めていたと思うけど。
……残念ながら、今のリーチェは“私”だ。
脅しに屈してなんか、やるものか!
「プレイなどとお戯れを。私は心底毛嫌いしておりました」
淑女らしく、口元をほんのり引き上げる程度の笑みを浮かべる。キールの瞳は目いっぱい開かれた後、赤い瞳は瞳孔を小さくして揺れている。
あら、その驚いた顔は美しいじゃない。なんて、内心でほくそ笑んでしまった。
微動だにしない端正な顔はまるで絵画のよう。けれどその絵は壮麗な絵とは程遠く、ムンクでもさけび出しそうな顔をしている。
きっと自分に逆らう令嬢なんて、この世にいないとでも思っていたのだろう。面と向かって敵意を露わにするような令嬢も、きっとそうはいないはず。
だから私が、あなたのそういう類の令嬢になってあげようじゃないの。
「女性は押せば倒れると思っているどこぞの阿呆がいるようです。女性だって押されれば、誰もが倒れるわけではありません。踏み留まり、反発だっていたします」
キールの顔から笑顔がどんどん消えていく。唯一残していた口元の笑みですら、今はもう見当たらない。と、同時に、陶器のような彼の顔にピキッ、ピキッと音が聞こえそうになるほど、ヒビが入っていく。
「ご存じでしょうか? 他国では象という鼻の長い巨大な動物がいるのだとか」
眉間に青筋を立て、私の腕を掴む手がどんどん強くなっていく。だけどその痛みが、私をさらに冷静にさせてくれる。
「巨大で力も強い象は、檻に入れる際、押しても引いてもなかなかいうことをきかないんだとか。けれどそんな象にエサを与えて引きつけると、象は簡単に檻の中へと入ってしまいます」
鋭い視線から逃れるように、私は目をつむってこう言った。
「ただ押すだけの力技なんて、頭が使えないただの阿呆がすることです」
そう、今のアンタのようにね。
「……お前、俺のことを愚弄するのか?」
当たり前でしょ。パッパラパーな脳みそを持ち、甘やかされて育ったボンボンの公爵なんて、馬鹿にされて当然よ。
そもそも馬鹿野郎に馬鹿野郎と言って、なにが悪い。馬鹿にされたくないのなら、面構え以外も育てることね。
……なんて、声を高らかに言ってやりたい。だけど相手は曲がりなりにも地位のある貴族。ここはグッとガマンして……。
「愚弄だなんて、ただの例え話です。世の中にはなにも考えず、ただ力で押せば女性は喜ぶだなんて思っている殿方がいると聞きまして。そういう輩はいつも言うのです――俺のことではない、と」
そう、お前のことだよキール。
私はキールに掴まれている腕を引っぱった。不意を突かれたせいか、よろめくような形で私に身を寄せたキールに、私はひと言こう言った。
「ですがコーデリア公爵の姓を持つ方は、そのようなことはございませんよね?」
私は空いた片手でドレスの裾を引き上げ、ここぞとばかりに満面の笑みを向けた。
「……お前、俺を怒らせたいようだな」
「怒らせる?」
はて? と私は小首をかしげて見せる。ギリリッと歯ぎしりする音が聞こえてきそうなほど表情を歪めたキールに向かって、今度は上品に見えるような笑みを浮かべた。
「いいえ」
口元は弧を描きながら、目には怒りの色をのせる。張れるだけ胸を張り、弱々しさを感じさせないように下腹部に力を加え、こう言い放った。
「あなたを怒らせたいのではなく私が怒ってるという話をしているのです。いい加減この手を放していただけますか、コーデリア公爵様」
キールの目が再びカッと見開かれ、その瞬間開いた左手を大きく振りかぶった。
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