第34話

「到着致しました」


 馬車が停まってすぐ扉をノックする音と共に、従者の声が聞こえた。

 レオンが壁をノックすると、外で待ち構えていた従者がガチャリと音を立てて扉を開けた。

 先に馬車を降りたレオンの手を取り、私は続いて馬車を降りた。馬車の足場を降りた後、離そうとした私の手を引き、レオンはそこにキスをする。

 チュッと音を立てた後、唇を押し当てたままの状態で、上目遣いからの絡みつく視線。


 ……やばい、本当に私を落としにかかってる。

 自分の意思とは相反して、ポッと頰に熱が上がる。それを誤魔化そうとでもするかのように、私はスッと手を引いてレオンの唇から引き離した。

 その行動は令嬢としてマナー違反だと分かっていても。

 レオンはこたえた様子はなく、飄々とした様子で口元には笑みを乗せて、右腕をくの字に曲げた。私のエスコートをする為だ。


「それでは行きましょうか。心の準備はできていますか?」

「何に対する心の準備でしょうか?」


 私はレオンの腕に手を乗せ、普段硬い表情をしている彼が柔らかく微笑むのを横目で見た。


「私達の関係を見せつける、準備ですよ」



   *



「招待状を拝見いたします」


 屋敷の扉の前には、招待状を確認する従者が立っている。私はキールから受け取った招待状を渡し、私とレオンが屋敷内に足を踏み入れようとした、その時だった。


「申し訳ございませんが、こちらの招待状ですと、トリニダード男爵のご令嬢のみが入場を許可されております」


 入口のすぐ隣には二人の騎士が立っている。その騎士が、扉の前に立ちはだかり、道を封鎖している。


「どういう事なの? パーティは普通、ペアでの入場は許可されていると思うのだけど?」


 たとえ招待を受けたのが私だけだとしても、パートナーを連れてくるのは問題ないはず。

 もしダメなのであれば、パートナー同伴不可や、別でパートナーの招待状が必要な旨が書かれているのがこの国での通例だ。


「申し訳ございません。公爵様からのお達しにございます。トリニダード様がいらっしゃる場合は、お一人での入場を許可するようにと言われております」


 はぁぁぁぁぁぁ⁉︎ あんのゲス男、何考えてんだ。そういう事を後から言う? 後出しジャンケンもいいとこじゃん!


「その言葉に間違い無いのだろうな? リーチェの相手が父上である男爵であったなら通したのでは無いか?」

「それって……」

「リーチェの相手が俺だから通さないという事では無いのか、と聞いている」


 レオンはいつもの淡々とした表情で言い放った。いつもの様子には変わりないのに、威圧感を感じるのはさすがは帝国一の騎士といったところだろうか。

 レオンからの圧を受けて、従者並びに入口を塞ぐ騎士でさえたじろいでいる。


「そういうことでは無いと……」

「だったらなぜ招待状にその旨が記載されていないのか。他の招待客はパートナーを連れて入ったのだろう?」

「それは……」


 どんどん口どもっていく従者が不憫に思えるほど、レオンはゴリゴリと責め立てる。

 いや、不憫に思う必要もないのだけど。だってそれは、レオンが言わなければ私が言っていたであろうセリフだからだ。

 キールは私とレオンの関係を知っていたと思う。マルコフに婚約をする旨を伝えた地点で、噂が流れるのは目に見えていた。むしろマルコフ的には噂を流し、後戻りしにくい状況を作りたかったはずだから、噂の出所は彼のはずだ。

 そんな噂をキールが知らない訳がない。何せ話した事も面識も無かった一介の令嬢の情報を掴み、会いに来たゲスい男なのだから。

 だから私のパートナーがレオンである可能性も考慮していたに違いない。そして、本当に連れてくるようであれば門前払いをするようにと従者に伝えていたのだろう事も容易に想像がつく。


「でしたら仕方がないわね。レオン様、せっかく来たところではありますが、今日はもう帰りましょうか」


 私は添えるように乗せていたレオンの腕をギュッと引っ張り、身を翻す。

 そっちがその気なら、こっちだって応戦だ。そもそもキールが私とレオンの関係をすでに知っているのであれば、わざわざパーティに参加する必要はないのだ。

 私が今日ここに来たのは、キールの脅しとも取れる(というか脅してたけど)言葉のせい。ここに来なければ私との婚約をマルコフに提案すると言ったあれだ。

 すでにマルコフにもレオンとの偽カップル情報を流し、婚約する意思を伝えている。キールよりも手堅いレオンを推した事で、いくらキールが婚約を申し込もうとしたところで、今のマルコフなら靡かないはず。

 だから今となっては、パーティに参加する必要性がない。

 そう思っていたらーー。


「リーチェ、男を弄ぶのはほどほどにしておけよ」


 レオンの腕を掴んでいた手を無理に解かれ、鼻腔内に甘い香りが漂った。

 私の体を引き寄せて、その胸の中にギュッと閉じ込めたのは毎度おなじみである、キール・ロッジ・コーデリア公爵閣下だった。


「リーチェ!」

「おおっと、気軽に触れないでもらいたいものだな」


 レオンが私を引き戻そうとしてくれたけど、それをキールが邪魔をする。

 私はキールの力強い腕に抱きとめられて身動きが取れない。


「コーデリア公爵、リーチェは私のパートナーだ、離していただこう」


 表情までは見えないけど、レオンの口調は明らかに鋭い。キールに対して怒っているのは間違いないのに、キールは臆すどころか、飄々とした様子でこう言った。


「何を言っているんだ? リーチェは私のパートナーだ。バービリオン侯爵こそ勝手な勘違いをしないでもらいたい」


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