第28話

 ーーそんなこんなで、パーティ当日。


「おおっ、我が愛しのリーチェよ」


 大げさに両手を広げて感嘆の意を示すマルコフに、私は微笑みだけを返した。

 今日までに絞り上げた体に(食事制限やコルセットによる締め付けが主だけど)、侍女が施すマッサージ。肌もすべすべでツルツル。

 そして優美なドレスに煌びやかなジュエリーを身に纏った私は、まるで本日の主役かと言わんばかりの出来栄えだと、自分でも思ってしまう。

 本日のドレスは今日の日のために仕立て上げたもの。私の赤い髪に合わせた、赤を基調としたドレス。秀麗な刺繍は品が良く、しかし目立ちすぎず、品性を感じさせる。

 そして何より、このドレスはレオンと対になるように色合わせされている。そのためさりげなく入った刺繍の色はレオンの髪色である黒だ。


「ところでリーチェ、侯爵様はいつ頃お見えになるのだ?」


 マルコフの言葉にハッとして、時計に目を向けた。


「そろそろいらっしゃる頃かと……」


 そう言った矢先だった。部屋をノックする音が聞こえたかと思ったら、執事が開け放たれていた扉から足を踏み入れ、こう言った。


「ちょうど今、侯爵様がお見えになりました」

「わかったわ。すぐに向かうと伝えてちょうだい」


 私がそう言ったと同時に、マルコフはちょび髭を撫で付けながら執事の後を追うようにして部屋を出て行く。


「パパ、どこへ行くのですか?」

「侯爵様がお見えであれば、挨拶しないわけにはいかないだろう」


 レオンに詰め寄ったりしないよね……? いや、するか。マルコフだもの。絶対する。娘との結婚のこととか話したくて仕方ないんでしょうね。


「パパ、この間話したことは覚えてますよね? レオン様は石橋を叩いて渡るタイプなので、あまり押しの強いことはなさらないで下さいね」

「ああ、分かっているとも」


 ガハハッと笑い声をあげたマルコフは、とても信用ならないけど。でも、まっ、レオンもマルコフのことを理解してるような口ぶりだったし、大丈夫でしょ。

 そう思って、私はマルコフの後を追って部屋を後にした。



   *



 玄関ホールへと続く階段から玄関扉へと視線を向けて、意中の相手を探す。けれど探す必要もないほど、相手は煌めき眩しい輝きを放っていた。

 天井から吊り下げられたシャンデリアの輝きよりも、私が身につけているどの宝石よりも美麗なその出で立ちに、私は思わずよろめいて階段の手すりに身を預けた。


 ーーかっこよすぎるし、美しすぎる。


 普段とは違い、髪をかきあげた様子に、私と色合わせをした対となる正装。胸の高鳴りを抑えろという方が無理な話だ。

 手をそっと鼻へと当ててみるが、鼻血は出ていない様子。この間のことがあって、マインドコントロールを強化した結果の賜物だろうか。

 ドレスも赤を基調としたものを指定しておいて良かった。万が一鼻血が飛び出しても、多少は馴染んでくれるだろう。

 これが現代人の危機管理能力の賜物だ。常に最悪のケースを想像して、先回りしておく。

 念のため鼻隠し用の扇と、ハンカチは常時しているし。今日はスタンバイバッチリだ。


「これはこれは、バービリオン侯爵殿。お初にお目にかかります。リーチェの父、マルコフ・トリニダードと申します」


 私がレオンの色香にやられている間に先に下の階へとたどり着いたマルコフは、レオンとやうやうしく挨拶を交わしている。


「レオン・ベイリー・バービリオンです。男爵の噂は兼ねがね聞いていますので、お目にかかれて光栄です」

「そうでしたか。いやはやお恥ずかしい。バービリオン侯爵に比べれば私の噂など蚊の鳴くようなものでしょうがな」


 マルコフはガハハと笑い、背中を仰け反る。ふっくらとしたお腹がそれによってより顕となっている。


「そんなバービリオン卿と婚約を結べる娘は、この帝都一の幸せ者ですな」


 すかさず婚約の話に持っていくマルコフに、私はそろそろ下に降りなければと決意する。このままもう少しイケメンレオンの高みの見物をしていたかったのだけれど、どうやらそうもいかなさそうだ。

 放っておいたら、マルコフはどんどん会話をエスカレートさせていく可能性があるからだ。


「パパ」


 私が声をかけながら階段を一歩一歩降りる。すると、マルコフへと視線を向けていたレオンの青い瞳が、私の視線と空中でカチリと合った。

 今日は侍女が普段以上に気合を入れて巻いてくれた髪とメイク。そして優雅なドレスに身を包んだリーチェに、レオンはまるで見惚れたように魅入っている。

 細い瞳が大きく見開かれ、レオンはすぐさま階段の一番下へと移動する。

 私が最後の一段を降りようとした先で、レオンが私に手を差し出した。


「リーチェ、今日は一段とお美しい。この世に女神が現れたと言われても、美しさでは今のあなたの足元にも及ばないでしょう」


 そう言って、レオンは私の手の甲にキスをした。


「……ありがとうございます、レオン様」


 ゾワゾワゾワゾワ……と、腰の辺りから背筋を駆け上がってくる何かに、私の体は小さく揺らぐ。

 だめだ。レオンに褒められるのは、いくらイメトレしたとはいえ、慣れない。

 慣れないし、恥ずかしくて死にそうなのに、幸せだと感じるこの幸福感と高揚感のコラボレーション。

 死して屍拾う者なし……それでも結構だ! ここで死んでも一片の悔いなし!

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