第45話
「コーデリア公爵様。これでお分かりでしょう? これ以上私と関わっても良いことは何一つないということが」
悪役公爵。婚約は破棄になったし、下手に刺激はしない方がいいと思いつつ、レオンがマリーゴールドと出会ってしまったことによって、いつまでレオンの影に隠れられるか分からない。
となれば、今のうちにキールには釘を刺しておき、レオンが私の元を去る頃にはキールが手出しできないように資金を作って逃亡、もしくは香水事業が上手くいけば、利用者である他の貴族達からも後ろ盾が得られるかもしれない。そうなればレオンがいなくともキールを怯える必要がなくなる。
「……たかが男爵令嬢の分際で、俺にケンカを売るとはな。その度胸だけは認めてやろう」
ケンカを売る? 度胸だけは認めてやる? この男はまだそんなことを言ってるの?
「僭越ながら申し上げますが、先にケンカをふっかけて来たのは公爵様かと存じます。そもそもケンカを売ったのも私ではなく、レオン様だったと思うのですが?」
「はっ、よくもぬけぬけと。この俺の顔を殴ったのはどこのどいつだ?」
キールは歪んだ顔を覆うように、手を当てた。
「それをおっしゃるのであれば、私の頬を叩いたのもどこのどいつなのでしょうか?」
私はキールに負けじと叩かれた頬に手を当てる。頬にはまだ熱がこもっている。ひんやりと冷えた手のひらが、心地よい。
きっと私の頬は赤く腫れているだろう。けれどキールの頬は腫れるどころか赤みすら見られない。
それに加え、私の場合はドレスも裂かれてるわけで、どう考えても割りにあってない。受けたダメージは私の方が断然多いのだ。それなのにそもそも自分が犯した事をあたかもなかったかのように話すのは、笑止千万もいいところ。
「そもそも、私はコーデリア公爵様から感謝されても批判される側にはいないと思うのですが? なにせ騎士であるレオン様との決闘を反故にしたのは私の仲裁があったからこそ。そうでなければコーデリア公爵様、貴方様に勝ち目はなかったかと思います」
決闘は当人同士が行う場合と、代理を立てる場合とがある。けれどレオンはキールが代理人を立てることを拒否した。よって、キールは代理人を立てる事は叶わず、自らが参加しなければならないところだった。
となるとキールの勝ち目はほぼ0%に近い状態だ。
「……それは、バービリオン卿が勝手に逆上したのだ。それを止めるのが人の常というものだろう?」
いけしゃーしゃーとよくもまぁ。そもそもこの男から人の常なんて説かれると思ってなかったわ。
「レオン様は勝手に逆上したわけではありません。コーデリア公爵様が私とレオン様との関係を無視して、勝手に婚約などという馬鹿げた事をなさったからではありませんか」
「それは俺も知らなかった事実だから仕方なかった。むしろ俺に色目を使っていたくせにバービリオン卿と婚約だと?」
「色目、ですか? 私が? ご冗談を」
私がいつ色目を使ったというのか。キールとの出会いは最初から最後まで、押し迫られた状況だったというのに。
どれだけ私がキールを避けていたかもわかってるくせに、本当にペラペラと嘘をつく男だ。
「はんっ、堅物だと言われていた男が選んだ相手がまさか、こんなに尻の軽い女を立ったとはな」
「その言葉は私に対する誹謗中傷と捉えます。いくら公爵様とはいえ、謝罪を要求します」
立場もわきまえず謝罪だと? とでも言いたげに、キールの瞳がカッと見開いた。メラメラと燃える炎の瞳。けれど今の私はもう怖くもなんともない。
キールの様子にも動じずに、彼を睨み付ける勢いで見つめ返した。
「その破けたドレスが尻軽な証拠だと思うが?」
「これは公爵様のせいでこうなったのですよ?」
何言ってんだと言いたいのは私の方なのに、目の前にいるこいつは私を鼻で嘲笑う。
「俺が他の令嬢を介抱してやってるだけで、勝手に逆上してドレスを裂いたのではないか。自作自演もいいところだな」
出たな、虚言癖野郎め。今この場にその現場を見ていたレオンがいないからって、言いたい放題言ってくれる。
ここはキールの屋敷で、キールの従者に騎士達、そして公爵家の息がかかった貴族達が集まるパーティ。たとえ普段のキールの素行の悪さを知っていても、それを否定する人はいないってわけだ。
私はあたりを見渡して、この状況を理解した。
「そこまでおっしゃるのであれば、私はレオン様が公爵様に申し込んだ決闘を止めはいたしません」
こっちだって少なからず手札はある。単なる弱い立場ではないのだと、こいつは再認識する必要があるみたいね。
「騎士に二言はないだろう。一度取り消す方向で既決したのだからそれは受け入れ難いぞ」
「そうですね。ですからーー」
さっきレオンが投げた手袋。私はそれを拾い上げて、キールを引っ叩く気持ちで彼の頬に目がけて投げた。
「コーデリア公爵様に私が決闘を申し込みます」
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