第五話
アイヌの毒矢は北海道に自生するエゾトリカブトを用いて作られるもので、生ある者にとっては極めて凶悪だが、不死の肉体を持った紅蜘蛛丸にとってはほとんど何の痛痒もない代物だった。こういった状況では槍の方が遥かに怖い。しかし、アイヌの文化には金属を用いた武器は、少ない。そして。
「神仏は照覧あれ。万物に災いあれ」
紅蜘蛛丸は自分自身を守るという性質にかけては史上に並ぶもののない存在だが、他者を害する能力という面ではそうではなかった。一方、他者に害を為す
「
彼岸花の操る炎の術が、竜巻のような火炎の渦となって周囲を呑み込む。あれよというまに、百体を越える土人形が燃やし尽くされ、焼けた粘土の塊になった。自分の身体に刺さっていた矢を抜き取ってその辺に放り捨てた紅蜘蛛丸が近くにあったものを一つ叩いてみたら、脆くなった陶器が割れるように砕けて崩れた。
「相変わらず恐ろしいな、お前の術は」
「滅多にお見せする機会もないですから。力を蓄えておりました」
「だが、本命はおそらくまだこの先だ。いけるか?」
「今の倍のものを、あと三度は放てましょう。紅様、その身で味わってごらんになりますか?」
「やめておく」
先ほど遠くに見えていた何やら巨大な建物だが、近付けば近付くほど分かった。それは、本当に巨大だった。明らかに人が用いるための建物ではない。伝説によれば、村滴滴国滴滴というのは小山に手を生やしたように大きな怪物であるというから、そのために建てられたものと見て間違いが無さそうだった。
やがて、『城』なるものの前に辿り着いた。日本人の感覚で言う城郭とは違った。もちろん大陸で用いられるような軍事施設としての城でもない。それはどちらかというと、岩山を無造作に複数積み重ねて、無理やりその間に空間を作ったというような代物であった。
どういう仕組みになっているのか、火は焚かれていないのに中は明るい。入り口に門などというものはなく、門番などもいない。正面から進んでいくと、目の前にそいつはいた。
本人自身も岩の塊のような外見をしているが、色は漆黒に似ていた。ずんぐりとした手足があり、動物の皮のようなもので作られた縄で途方もなく大きな太刀を腰に結わえ付けている。目が二つある。だが人間の双眼にはまったく似ていない。片方は満月のように丸くて大きく、それと比べるともう片方の目は見えるか見えないか程度の、芥子粒のような大きさであった。
そいつは、人間の言葉を喋った。
紅蜘蛛丸の耳には、
「ケケ。ヨクキタナ、ニンゲンノコムスメ。オマエクッタラサゾヤ、ウマイダロウ。ソッチノオトコハ、ドウデモイイ」
と聞こえた。しかし、同じタイミングで、彼岸花はまったく別の言葉を聞いていた。
「よくぞ参られた、紅蜘蛛丸殿。貴殿が来るのを、無い首を長くしてお待ちしておりました。ですが申し訳ない、そちらの娘にはもう用がない。なので、死んでもらいます」
紅蜘蛛丸は叫んだ。
「彼岸花! 伏せろ!」
彼岸花は叫んだ。
「紅様、あたしこいつ殺しますね!」
二人には、相手の言葉がこのように聞こえた。
「紅様……っ、駄目、間に合わないっ……!」
「待て。何か情報を引き出せるかもしれぬ。話を聞いてみよう」
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