第二話
世は源平の合戦を既に経て、武士の時代が始まっている。京都は平安京造営以来いつの世にも京都であるが、それでもここはもう、
この時代に、歌人として名を馳せ、またその美貌で知られた藤原
「あのおとこ、わちにも恋文を送り付けて寄越したことがあったんですよ」
「そうなのか」
「そうなのです。紅蜘蛛のきみは妬いてくださいますか?」
「……どうだろうな」
「むう」
あるとき、六条万里小路西に住むひとりの女から恋歌が届いた。保季は喜び勇んで返歌をしたため、まもなく足しげくその女のもとに通うようになった。ところが、厄介なことにはその女には他にも情夫がいた。吉田親清と言い、とある京都勤めの侍に仕える郎従、つまり下級武士であった。
たまたま現場に踏み込んだがために自分が女に裏切られていたことを知った親清は激昂し、刀を抜いた。泡を食った保季は白昼の六条大路を裸同然の恰好で逃げ惑ったが、結局追いつかれて斬られてしまい、哀れな骸を街路に晒す羽目になった。
さて、問題はこのあとの処分である。こんな時代でも殺人事件は殺人事件であるし、それに対処する警察機構だって存在している。京都においては
結局、これを裁定したのは北条
「白昼堂々、京洛を騒がして私闘に及ぶなどは言語道断。まして卑しくも武士たるものが、刀も持たない貴族風情を殺したところで、何の名誉がありましょうや。ただちにその身柄を検非違使に引き渡し、その裁きに任せるが相応かと存ずる」
この意見を聞いた者たちは、泰時のことを若いのに似合わず武士の本分を心得てものの理非を弁えた人物であると感心したものであった。
「結局、もう在原業平や光源氏のような男の居場所は京に残ってはいない、ということだな」
「あら。それでしたら、紅蜘蛛のきみの立場も危うくおなりになるのでは?」
「……」
「知ってますよ。三日ほど前に、また妾を増やされましたよね」
「いや。それはその。あれは知人からな、ちょっと理由があって預かった娘さんで、別にそういう、妾などというようなものでは——」
「うそばっかり。わちには手をお出しにならない癖に」
「それは」
「そこの刹千那様、聞こえてらっしゃいますか? 紅蜘蛛のきみのお妾さんは、いままた四人ほどいらっしゃいますよー? ひひっ」
「勘弁してくれ」
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