第七話
将軍実朝の死は、結果を先に言ってしまえば鎌倉幕府にとっては致命傷とはならなかった。だが、朝廷すなわち治天の君後鳥羽院と、幕府との間を決裂に導くには十分な出来事であった。
「今度こそ……この婆の、全てが終わったか……」
政子の嘆きは心底からのものであった。だが、実際のところ落ち込んでいる暇などはなかった。彼女の尻を叩いたのは、事件からまもなく公暁を討ち取っていた泰時である。
「伯母上。呆けている場合ではございませぬ。四代将軍については、院の内諾が取れていた筈でしょう」
「そ……そうであった」
鎌倉から京に急使が走り、次期将軍として後鳥羽院の皇子を下向させることが求められた。しかし。
「いかん!」
と声を荒げるのは後鳥羽院である。
「白昼に堂々と将軍が殺されるようなところに、朕の子を送れるものか!!」
結局、その話は白紙になってしまった。幕府はやむなく、頼朝の妹のひとりの血を引く源氏の遠縁の赤子を見つけ出し、これを鎌倉に招いた。だが後鳥羽院に求めても、その子を将軍に就任させるための許可は下りなかった。実朝と公暁の死によって頼朝の血は絶えたのだから、それとともに幕府は廃するべきである。これが、院の大御心であった。
「鎌倉幕府、ぜったいぜつめい。やった。やってやりました。ひひっ」
「菊……」
訊こう訊こうとは思っていたが、聞きそびれていたことを、紅蜘蛛丸はようやく聞いた。改元を挟んで、世は承久年間に入っている。
「お前が、公暁に実朝公を暗殺させたのか?」
「そうです。当然でしょう」
「自分が何をしたか、理解しているか?」
「わちの帝の、仇を一つ取りました。次はあの糞婆の首です」
「菊」
阿布都乃比の家はもともと、自分が人間社会に溶け込むために、自身の傀儡とするために紅蜘蛛丸が興させたものである。だが、意思を持った他人を、傀儡に据えて置いておくということは何と世に難しきことか。
「菊。済んでしまったことは仕方がない。だが、そういうことはもうやめてくれ」
「嫌です。わちは、もっと紅蜘蛛のきみのお役に立ちたいのです。なぜならば」
菊は、しゅん、とした風情で下を向いた。
「わちの解呪のわざでは、どうしても紅蜘蛛のきみを、不滅の呪いからお救いすること、叶いませぬゆえ」
「そんなことを気にしていたのか」
「当然でございましょう。気にします。あなた様の念願は、結局のところそれしかないのですから」
菊をこのままにしておいたら阿布都乃比家は多分滅びるだろう。そう思った。自分がどうにかして、手綱を取るしかない。紅蜘蛛丸はそう思った。
「菊。一つ命じたき儀がある」
「なんでございましょう」
「今宵より、わたしの夜伽を命じる」
「えっ。で、でも」
「嫌か?」
「そうではございませぬ。ですが、わちは、このような身体です。紅蜘蛛のきみは、わちのような女をお好みにはならぬと、ずっとそう思っておりましたものを」
「好まぬわけではないよ」
お前を、むしろ愛しくも哀れに思えばこそ。あえてそれを為さなかったのだ。という想いまでは、口に出さない紅蜘蛛丸である。そして、その夜。
「ああ……ああ……これが、女として生まれた喜び……わちは……わちは幸せ者に御座いまする……」
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