第二話
一方こちらは冬の京都。紅蜘蛛丸のLINEに、こんなメッセージが届いた。
「たすけて」
鹿子のアカウントからだった。
「なんだ? 事故か? 病気か? それとも事件か?」
などと、110番か119番の対応のようなことを書いている自分は少し滑稽な気がすると思う紅蜘蛛丸であるが、こう書かざるを得ない。返信は短かった。
「かむいこうじ」
とだけ、送信されてきた。
「どういうことだ? 何があった?」
と、送ってみたが、さっきの今だというのに既読が付かない。電話番号にもかけたが、電波が届かないところにいる、というメッセージが流れた。一応連絡先を交換しているパウチコロムンの番号にもかけてみたが、結果は同じだった。これはどうもまずいな、と思う。
「どうしたんですか?」
と言うのは、いまシャワーを浴びて出てきてすっぽんぽんでバスタオルで身体を拭いている彼岸花なのだが。
「北海道へ行く」
「え? この寒いのに? 今度はどこです? 旭山動物園?」
状況をまったく把握していない彼岸花は呑気だった。
「札幌だ」
「また行くんですか。じゃあ白い恋人買ってきてくださいね。今度はLINEスルーしたらだめですからね」
呑気だった。
「いや」
一方、紅蜘蛛丸は直感だけで、何か大変なことになっているということが理解できた。
「彼岸、お前も来い」
と、言うと、ここで初めて彼女は血相を変えた。女の子の旅行には支度があるんですよ、もっと早くに言ってください、などと間の抜けたことは言わなかった。
「……調伏ですか」
「分からん。しかし、その可能性は十分に考えられる」
「はい。分かりました、ただちに」
彼岸花はすみやかに最低限の身支度をして現れた。一応、彼女には職業というものがあるので、こういう場合の備えは普段からしているのである。
「お待たせしました。調伏師彼岸花、万端に御座います。では、参りましょうか」
二人は空港に向かい、新千歳へと飛び、あとは列車と地下鉄を乗り継いで薄野へと向かう。狸小路商店街は、人間たちの様子については特に変わったところはなかった。だが。
「紅様。これは……」
「間違いない。これは冥界の腐臭、地獄の臭いだ」
まだこの位置からは微かであるし、ふつうの人間には感じ取れない性質のものなのだが、‟彼方の地”を経由するなどして何度も冥府に行ったことがあるので、この臭いを忘れたことはない紅蜘蛛丸である。もっとも、そのたびに小野篁に手勢を差し向けられ、連れ戻されているのではあるが。
「とりあえず、八丁目の入り口だ。向かうぞ」
「はい」
そこまで行くと、冥界の腐臭は非常に強くなっていた。だが、通行許可を得ている紅蜘蛛丸でも、昼間のうちは神威小路に入ることができない。
「まだ暇があるな。どこかで時間を潰すしかないか」
「じゃあ」
と言って、真剣な面持ちをしたまま、彼岸花は言った。
「御休憩しましょう」
「彼岸」
「……お願いです。紅様は死なずとも、あたしは違う。何か物凄く、嫌な予感がするんです。調伏師として、かつてこんなに不安を覚えたことはありません。これが最後の機会かもしれない……だから」
「そうか。……分かった」
場所が場所であるので、その種の施設を探すのに困るようなことはまったくない。適当なところを選んで、入る。五時間で3500円であった。
「紅様。愛してます。愛してるんです。どうか……だから……」
「ああ。わたしも、そなたを愛している。彼岸」
「……嘘つき」
「嘘ではないよ」
「じゃあ、二番目にってことですか」
「野暮を言うな。いくぞ」
「はい……あっ……」
このときは感極まっても、彼岸花は紅蜘蛛丸のことを呼び間違えなかった。
そして、彼岸花は、いつものように。「せっくすなう」と、フォロワーたちのタイムラインを汚し。重ねて、こうツイートする。
「いまからあと、まる一日経ってもりこらじちゃんが現れなかったら。そのときは、りこらじちゃんは居なくなったものと思ってほしいらじ。じゃ、おしごといってきます」
調伏師、彼岸花の覚悟は決死であった。
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