第十四話
その夜は大捕り物となった。竜胆を筆頭とする二十名以上の新撰組隊士に、真言寮からも調伏師が数名と、それを率いる紅蜘蛛丸。それらの面々が夜陰に紛れて三条大橋の両側に陣取り、制札を壊しに来る下手人を捕縛せんと図っている。
しかし、制札のところからすぐ見えるようなところに大勢が陣取っていたら気配やらなにやらで気付かれてしまう恐れもあるので、制札が見える場所には新撰組から選ばれた二名の見張りだけが置かれている。
さて夜半過ぎ、果たして怪しげな人影数名が橋のたもとにやってきて、制札を引き抜いて踏みつけて壊した。それからその者たちは橋の東側へと進んでいく。この時点で、見張りのうちの片方は西側に陣取っていた新撰組の面々のところに向かい、決められていた通りの合図をする。
「行くぞ」
一番隊組長、沖田総司こと竜胆が部下を率いて橋の上に急行する。
「新撰組である! 神妙にお縄を受けよ!」
と、先頭の隊士が叫ぶと、橋の上の数人はすぐに刀を抜いて応戦の構えに出た。乱戦が始まる。
そして、その時点で問題になるのはもう片方の見張りのことである。浅野という新撰組隊士なのだが、橋の上で敵をすり抜けて向こう側まで向かい、東側の岸にいる仲間と真言寮の面々に合図して敵を挟撃にする手はずになっていた。しかし、一つには怖気づいたためもあり、またそもそも狭い橋の上で既に戦場になっているその脇を気付かれないように通り抜けることが難しかったということもあり、ついに彼は連絡役の務めを果たすことができなかったのである。ちなみに、三条大橋のこの頃の長さは六十四間四尺、つまり約125メートルある。橋の反対側のさらに向こうの奥で待機している紅蜘蛛丸たちに、戦いが始まったことに気付けといっても無理な相談であった。浅野が立ち尽くしている間に、その前をすり抜けていった人影が三つあった。西側から橋の上を渡っていく。浅野が橋の向こうに行くのがさらに困難になったばかりか、これでは新撰組の方が包囲されてしまう形である。
「ひひっ。たたかいだ、たたかいだ。さあさ、ひとがしぬ。ひとがしぬ」
それを予測していた竜胆が、ぎり、と歯ぎしりをする。
「陰陽童子……ここで会ったが、百年目」
陰陽童子の両脇には、調伏師の扮装をした男女二名がいた。先日失踪したあの二人組である。女の方は
「
亥丸が呪力の刃を放つ。紅蜘蛛丸が稽古で見せてくれたから竜胆はこの技を知っている。剣で受けることは出来ない。飛び退って躱すのがセオリーだが、竜胆はあえて逆に前に飛び込んだ。
「邪魔をするな!」
「むう。わちをきるつもりかえ。きるつもりかえ。させるかよ。させるかよ」
陰陽童子は指を動かし、呪印を組んだ。何かを詠唱している。
これも紅蜘蛛丸が教えてくれたから知っている。詠唱中に心臓を止められると、いかなる術者といえどもその術を途中で止めざるを得ない。陰陽童子の術が完成するよりも、竜胆がその胸に三段突きを叩き込む方がわずかに早かった。
「貰ったッ……!」
心臓の鼓動が止まれば、一瞬だが不死者といえども動きが止まる。その隙を目の前で逃すほど、竜胆の剣腕は鈍くない。
「ぐえっ。ぐえっ」
陰陽童子の首を、竜胆が斬り落とす。遠くに飛んでしまっては困るので、足元に首が落ちるように落とした。
「今だ!」
すぐ脇に、首桶を用意した部下を待機させていた。陰陽童子の首を拾い上げてその中に突っ込み、紅蜘蛛丸が用意してくれた札を貼り付けて封印した。これで、首と胴が再びくっついて再生することを止められるはず……
「やったぞ!」
と思った矢先だった。
「ひひっ」
と、声がした。背後からだった。
全身に纏っていた皮が破るようにして、紫苑だとばかり思われていた方が、呪力の刃を竜胆に向けて放った。
咄嗟だった。
咄嗟に、振り向いて、大和守安定で受けた。しかし、陰陽童子本人の放つ呪刃はひどく
「ぐっ……!」
呪刃が、竜胆の身体を貫いた。血を吐く。
「ひひっ。ひひっ。ひひっ。ひひっ」
ああ、嫌な声だ、嫌な声がする。なんとか、こいつの声を消してやれないものか。
薄れゆく意識の中で、竜胆はそんなことを考えていた。
三条橋上の戦いは、新撰組の敗北に終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます