第九話
岐阜で急報を受け取った信長は、取るものもとりあえずといった格好で本圀寺に向かった。松永久秀は同行を命じられており、一緒に来ていた紅蜘蛛丸も都合上、付いていかざるを得ない。久秀が馬を飛ばして先に行ってしまったので、紅蜘蛛丸は徒歩で織田軍を追いかけるしかない。もちろん自分も馬に乗れば早いわけだが、実は紅蜘蛛丸は馬が大嫌いなのである。
折からの大雪と厳寒の中で、行軍する部隊の雑兵の中に凍死者が出るような有様だったが、紅蜘蛛丸が到着したときには戦闘は終わっていた。
「吾輩が着いた時にももう終わっておったよ」
と弾正は言う。本圀寺にいた、明智光秀という武将が率いる織田方の軍勢は籠城を選択し、そして近隣の武将の多くが救援に駆け付けたため、信長や久秀が到着した時点で三人衆は既に撤退を選択していたのである。
「将軍のための城が必要であろうな。それも、大至急に。場所は二条の、義輝公が使っていた場所の跡地でいいだろう。名は二条城としよう。久秀、手配を任せる」
「承りましてございます、信長公」
大至急というので、久秀はその日のうちから、本来無関係であり何の責任があるわけでもない本圀寺の資材や建造物を接収して二条に移築し始めた。本圀寺の僧たちは泣いて抗議し、久秀と信長の横暴について朝廷にまで直訴に及んだが、二人とも相手にしなかった。紅蜘蛛丸はちょっと気の毒だとは思ったが、彼の立場で口出しのできる筋合いのことではなく、何もしてやれることはなかった。そしてそれよりももっと重大な問題がまもなく持ち上がった。信長はまだ京におり、馬に乗って工事の見回りなどを行っていたのだが。
「……弾正。あれは何だ?」
信長の目に留まったのは、いつどの段階で久秀と合流したのか、陰陽童子がすぐ近くで操る骸骨の兵士たちである。いまは人夫たちに混じって、荷物を運んだりなどしているのだが、人間の人夫たちは一様に驚き呆れており、近付くのも嫌がっているようであった。
「吾輩のところで客将をしております、陰陽童子という名の
「……貴様はそのようなものを配下に置いているのか?」
「恐れ
「……ぬ」
松永弾正は信長の直々の詰問を受けてもどこ吹く風という態度であった。信長は苦い顔をしていたが、その場ではそれ以上追及しなかった。
その夜、紅蜘蛛丸は信長の座所に呼ばれた。
「紅蜘蛛の。そなたを呼んだのは他でもない」
「は」
「陰陽童子と親しいな?」
「それは昔のこと、ではありますが……否とも言い切れませぬ」
「詳しく話せ。奴についてと、奴とそなたの関係についてだ」
まさか、嫌だとも謂えない。櫻はまだ岐阜にいる。洗いざらい打ち明けて説明せざるを得なかった。
「……成程な」
「お恥ずかしい次第です」
信長は一人でぼりぼりと砂糖菓子のようなものを食べている。あれが
「紅蜘蛛丸。貴様に命じる」
ぼり、という音が途中で止まって、信長はいつもの冷酷な視線で紅蜘蛛丸を見る。
「陰陽童子を始末しろ。断れば、岐阜にいる久秀の娘の命は無いものと思え」
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