【現代篇閑話】彼女の記憶

 その日紅蜘蛛丸は彼岸花と手を繋ぎ、墓参に向かっていた。阿布都乃比家の菩提寺ではない。阿布都乃比家の墓とはまったく別の場所にぽつんと存在するその墓碑が、誰に捧げられたものなのか彼岸花は知らない。だが、たまの散歩がてらということもあるのでついて歩いていた。退屈なので、彼岸花はこんなことを聞く。


「ねぇ、紅様。また、聞かせてくださいよ。千年の間に関係を持った女の中の上位、ベストスリー。あたしと刹千那さんは除外で」


 はぁ、と紅蜘蛛丸は嘆息する。言うたびに妬かれるので、あまり説明したくないのである。


「順不同だ。新しい時代からの順で言う。まずひとりは、江戸時代の終わり頃に関係を持った女で、竜胆と言った。気丈で、凛として、活発な娘であった。また、女の身にありながら剣術をよくした」

「はい。珍しいですよね、そういうひと。女剣客、カッコいいなぁ」


 ちなみに、この竜胆がかの有名な新撰組の沖田総司と同一人物であるという事実は、紅蜘蛛丸の口から彼岸花に語ったことはない。言っても多分信じないだろうし、おそらく笑われるだろうと思っている。


「次に、戦国の時代、櫻という武家の姫。芯が強く、また情の濃いおなごであった」

「うん。歴代で一番嫉妬深かったんですよね」

「そうだ。刹千那よりも、そして彼岸、お前よりもな」

「はい」


 この櫻が、こちらはこちらで戦後乱世の梟雄として名高い松永久秀の娘であった、という事実も、伝えていない。人物像などについて簡単に教えているのみである。教えたらどんな反応をするだろうか。


 と、それだけ話したところで目的地についた。紅蜘蛛丸は水を撒き、手を合わせ、線香をあげて、そして墓前に白い菊の花を一輪供えた。


「いちど聞いてみようと思ってたんですけど、結局これは誰のお墓なんですか」

「その三人目。鎌倉のはじめの頃、きくという、当時の阿布都乃比の当主だった調伏師の墓だよ」

「なるほど。その三人のメンツはずっと固定なんですよね。毎度のことですけど何度聞いてもムカつきます」


 彼岸花は自分から話を振っておいて、勝手に怒っていた。笑顔で。


「その都度お尋ねしているのに、菊という人についてはぜんぜん教えてくれないのはなんでなんですか、紅様」

「説明が……難しくてな。あいつについては」

「美人でした? バインバイン? それとも、紅様の趣味の通りに痩せた女だったのかしら」

「菊は、生前、ずっと童女のような外見をしていた。……ずっと死ぬまで」

「あら、新情報。イカ腹の幼児体型だったんですか? 紅様にはそんな趣味までもおありでいらっしゃる?」


 紅蜘蛛丸が様々な女を相手にしてきていることは彼岸花は重々承知の上であるので、その言葉には棘があった。が、紅蜘蛛丸はその要素をあえて無視する。


「そこまで幼くはない。今で言えば思春期を過ぎるか過ぎないか、それくらいだ」

「じゃあバインバインはないですね。で、美人? それとも外見年齢相応に、可愛いお嬢ちゃんみたいな感じだったのかしら」

「可愛い、というほど世俗的な外見をしてはいなかった。あれは、妖しい、と言うのが相応しかろうと思う」

「この方も早くに亡くなられたんですかね」


 彼岸花も菊の墓前に手を合わせた。竜胆と櫻が若くしてその命を散らせたことについては過去に話したことがあった。だが、菊についてはほとんど何も教えていない。


「いや。そうでもなかった。割と長く生きた」

「そうなんですか。まあ別に、その方が普通か」

「そうだ」


 実は詳しい事情を言えばまったく普通ではないのだが、紅蜘蛛丸はそれ以上のことを教えない。いずれにしても既に死んでいるので教える必然性を感じないということもあるが、教えたくないから教えないというのもまた事実であった。


 阿布都乃比菊。彼女ののちの世の名を、陰陽童子と言った。


「また来るよ。菊」

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