第十四話
その後。松永弾正久秀と久通の親子は、紅蜘蛛丸が手引きをした一度目の降伏ののち、四年後、性懲りもなく再び織田信長に叛いた。このときは越後の龍と呼ばれた上杉謙信が反信長の兵を挙げたため、それに呼応したわけであるが、やっぱりこれも成功はしなかった。信貴山城で、ふたりは命運尽きようとしていた。
ところが、織田信長はどういうつもりか、二度目の反逆であるというのに、助命を条件にした降伏を勧告した。久秀との付き合いは既に浅くなっており、逆に信長とは関係を深め始めていた紅蜘蛛丸が使者を務めることになった。
「平蜘蛛の茶釜を差し出せば、命だけは助けると。それから出家でもすればよいと、そういう話だと思うが。如何だろうか、弾正どの」
「いくらなんでも、そんな虫の良い話があるものか。大名として、他の部下に示しがつかんであろうが。のう、婿殿」
「……」
この時代の常識として、一度の裏切りは許されることがあっても、同じ部下が同じあるじを二回裏切ったら、それは絶対に殺すのが当然のことであるとされていた。いちいち毎度許していたら他の相手にもどれだけ裏切られることになるか分からないのだから当たり前であろう。
「久通。延命の灸を据える。手伝え」
「父上。婿殿とはいえ、織田家の御使者の前ですよ。失礼ではありませんか」
「構わん」
そして弾正は、かんらからと笑った。
「どうせ今から腹を切るのだ。失礼も欠礼もあるものか」
「……弾正殿。考え直されよ」
紅蜘蛛丸はさすがに慌てた。使者の仕事があるので、左様ならご勝手に、と言うわけにもいなかった。
「ああそうか。婿殿は、平蜘蛛を無傷で持ち帰るように命じられているというわけか」
「その通りだが」
「ならば、ほれ。こうして進ぜよう」
弾正は刀を抜き、そこで湯を沸かしていた平蜘蛛を叩き割った。
「あっ」
「ふう。せいせいしたわ。これでもう残す悔いの一つもない」
「何ということをしてくれるのか……」
「はっは。婿殿にはとうとう、迷惑のかけ通しであったな」
「全くだ」
「ほれ、迷惑の最期にな、せっかくだから吾輩の首、ひとつ介錯してくれんか?」
「申し訳ないが、剣の技が得手ではないので、無理だ」
「そうか。じゃ、こうするか」
久秀は近くにあった行燈を蹴倒した。あっという間に、火が燃え広がる。炎の中で、弾正は着物を広げて腹を出し、そこに自分の刀を突き立てた。
「うむ。悪党
本当に満足げな表情を浮かべていた。そろそろ周囲が炎に包まれ、近付くことももはやできそうもない。そんなことをする必要があるわけでもないが。
「勝手に人生に満足されるのはご勝手だが、わたしがまだここに居るのだがな」
「死なんのだろ。どうにでもして帰るがよろしい」
「全く……あなたという人は、最後まで」
小さく笑って、紅蜘蛛丸は最後の別れをした。
「だが……嫌いではなかったよ、弾正殿」
「ふっ。当然だ」
紅蜘蛛丸は何度も丸焼けになりながら再生を繰り返し、城を出た。なんだか、不思議と晴れやかな気分であった。
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