第四話
彼岸花が毎朝、目を覚まして一番にやることはTwitterの通知欄の確認である。寝る前に「また彼ピが隠れてデリヘル呼んでた。まぢむり」と呟いて、ついでに「風俗は浮気のうちに入りますか」という投票を立てて「入る/入らない/ちくわ」の三択を用意しておいたところ、一番選ばれていた投票は「ちくわ」で、おじさん構文の慰めDMは三通来ていた。おおむねいつも通りの朝だった。
本人はデジタルネイティブなのであまりそれを意識してはいないが、触れただけで人を殺めてしまう呪いを纏って彼女が生まれてきたのが21世紀という時代でよかったと、紅蜘蛛丸はたまに思っている。
午前十一時、札幌駅。南口にある白いオブジェの前で待ち合わせだというので、紅蜘蛛丸は一時間前からその場所で待機していた。2メートルの長身に僧形をして、しかも片手に人間の頭蓋骨を持って立っている彼の姿は異常なまでに目立つが、ホテルまで迎えに行くという自分の案を彼岸花に拒絶されてしまった都合、他にどうしようもなかった。
「紅様。お待たせしてしまいましたか?」
と言って現れた彼岸花は、昨夜は調伏師としての正装をしていたのに、今は白のニットにロングスカートという出で立ちだった。上背が低いこともあって、雰囲気としては実際の年齢よりもだいぶ幼く見える。
「いや。いま来たばかりだ」
と言って、紅蜘蛛丸は彼岸花の手を取る。そうしている限り、彼岸花の死の呪いはかなりのところまで紅蜘蛛丸によって中和されるからだ。まるでアース線であるが、それを承知の上でなお、彼岸花は満悦であった。ずっと早くからここで待っていたに決まっている紅蜘蛛丸が、そこらへんの月並みの人間のように今来たのだと嘘を吐くのも痛快であった。
「おひるどうします?」
「個室の使える店が良いのだが」
「ら~めん共和国でいいですか? せっかく来たんだし、北海道らしいところ行かなくちゃ」
「個室……」
二人分の焙煎ごまみそらーめんを注文し、それが届き、食べ終わるまでの間、紅蜘蛛丸はずっと彼岸花の手を握ったままである。異様だが熱烈なカップルだ、うぜえ、と周囲の人間たちが思っていることに気付かないほどには紅蜘蛛丸も人間社会に対して鈍感ではない。だが、この手を離したら最悪お前たちは死ぬかもしれんのだぞ、と思っていても口にすることもできない。
「で、この後はどうする」
「白い恋人パークです」
「白い……なに?」
札幌駅から地下鉄を乗り継いで約20分、銘菓『白い恋人』で知られる石屋製菓の本社工場併設、お菓子のテーマパーク。本当に連れていかれた。自分にはものすごく場違いなような気がすると紅蜘蛛丸は思ったが、こういうときの彼岸花には逆らおうとしても無駄だということもよく分かっていた。
そのあとは夜景の見える展望フレンチレストランでディナーと洒落込まされ、精神的にぐったりした状態のまま紅蜘蛛丸はホテルに連れ込まれる。不死であるからといって、何にでも耐えられるというわけではないのだということを紅蜘蛛丸は久しぶりに痛感していた。
「紅様」
明かりも消さぬうちから、嗅ぎ慣れた死の匂いがまた強くなる。彼岸花が心に情欲を抱くとき、その呪いの力はもっとも強力で危険な状態になる。そしてその力は彼岸花が心に想いを抱いたその相手に
彼岸花は十四のとき、この力のために自分の世話係だった実の兄を死なせた。
「にいさま。彼岸をひとりにしないで」
彼岸花は感極まると精神が十四の頃に戻ってしまい、紅蜘蛛丸のことを兄だと錯覚するようになる。そんなときに彼女から発せられる死の匂いは紅蜘蛛丸にとってすら悍ましい。
「にいさま」
必然、彼岸花が愛することを許されるのは死者でなければ紅蜘蛛丸だけである。最後の係累だった兄の死後、彼女の世界にはもう紅蜘蛛丸しかいない。
「あ……えーと。すいません、ティッシュ……あ、ありがとうございます」
ようやく正気に戻った頭で、彼岸花は思う。この男があたしを抱くのは、あたしを愛しているからでも、それどころかあたしのこのスレンダーボディに欲情するからというわけですらもなくて、そうすれば死ねるかもしれないという一縷の願いのためであるわけですが。
それでもし自分だけあとに残されたら、あたしはどうすればいいだろう。
「紅様のばか」
「なんだ、やぶからぼうに」
Twitterを開いて、『せっくすなう』と呟いて、彼岸花は眠りに落ちた。
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