最終話
あれ? と思ったときには、手を引っ張られていた。誰?
「紅様?」
返事がしたが、それは紅蜘蛛丸ではなかった。
「べに様じゃねえよ、ばっきゃろう!」
その声は小野篁の声なのだが、彼岸花は会ったことがないので知らない。
「あの千年死なずの蜘蛛、最期まで面倒を残していきやがって……ええい、畜生! お前はまだ生きてるんだから、帰れ! ここは冥府で、冥府は死人のいるところだ! 帰れ、阿布都乃比彼岸花! お前はまだ、生きているだろう!」
そう言われても、何が何だかよく分からない。
「ここ、どこですか?」
なんか気が付いたら井戸のふちにいた。彼岸花はなぜかすっぽんぽんだった。誰だか分からないが物凄い時代がかった公家の装束を纏った男性が、羽織るものを貸してくれたので、それを纏った。
「あの、すいません。何やらよく分からないんですが、あたし生きてる人間に触れると、相手を殺しちゃうんで近付かない方が」
「お前、この小野篁様が生きた人間に見えるのか? その目は節穴か? かっぽじってよく見ろ」
「いえ、見えないと言えば見えないですけど、まあ念のため……というかあなた、小野篁、と申されますと。さてはここは六道珍皇寺」
京都人だし、近所に住んでいるし、小野篁冥土通いの井戸の伝説くらい当然に知っている彼岸花である。紅蜘蛛丸からは何も教えられていなかったが。
「あの。最初にこれを訊きたいのですが」
「なんだ」
「紅様……妖怪紅蜘蛛丸は、どうなりました?」
「死んだよ。とうとう死にやがった、あの蜘蛛野郎」
「……そう、ですか」
不思議と、そのときは涙は落ちなかった。
「あと、次に、モシレチクチクってやつのことなんですけど」
「そいつも死んだ」
「そうですか」
まあ、それはいいや。と思った。
「三つ目にですね。あなたは平気でも、やっぱり生きてる人に触っちゃうと大変だから、早めにうちに帰らないと。まあ、割と近所なんですけど」
「心配するな」
ここで篁は優しい笑みを見せた。
「もう大丈夫だ。お前は、もう大丈夫だ」
「いや、あたしがよくても、あたし以外の人が死んでしまうので……」
「そうじゃない」
篁の口調は丁寧で、教え聞かせるようだった。
「お前の呪いは解けた。一度、冥界の底を潜ったからな。もう大丈夫だ。お前はもう誰も呪わなくていい。というか、自分で分からないのか。自分の身体から、死の呪いが今はもう発せられていない、っていうことに」
「……あ」
本当だ。と、彼岸花は思った。そうか。じゃあ、自分は。これから。自分は。
でも、まあ、今はまずそれよりも先に。
スマートフォンを開いたら、LINEが届いていた。面識はないのだが事情により連絡先を交換している、パウチコロムンという相手からだった。
「こちらは全員無事です 神威小路は元に戻りました 紅蜘蛛丸様からのご連絡をお待ちしております 何か分かりましたらご連絡ください」
とあった。返事をしなくては、と思う。だが、その前に。一番最初に、やらなければならないことが一つある。泣くのは、そのあとでいい。
「りこらじちゃん帰宅らじ」
僅かに百年あれば足りる きょうじゅ @Fake_Proffesor
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