第十三話

「今度は何の用だ、死なず蜘蛛ぐも


 紅蜘蛛丸はそれでも一応屋敷の庭に通され、そこで邸内の小野篁と会話をしている。見た目の印象を言うならば御白洲である。この時代、人間社会にあっては紅蜘蛛丸は一種のVIPであるのだが、この場所ではそうではなかった。そこらへんの並の死者よりもよほど邪険に扱われる。もっともそれは格がどうであるといった問題ではなく、それ相応の前科前歴があるためのことではあるのだが。


「近頃、三条大橋に——」


 と言いかけたら、烈火の如き怒声を浴びせられた。


「あれは、やっぱりお前の仕業か! 三条の大橋に開いた冥府に通じる穴!」


 紅蜘蛛丸は内心に少し狼狽する。相手は死の世界の官吏である。迂闊に逆らえないが、しかしあいにく言われたことについて身に覚えがない。仕方がないので弁明せざるを得ない。


「わたしがやったわけではありません。というか、地上でもそれが問題になっておりまして、地上の人間たちが犯人を捜しておりまして、その。わたしが代表してここにまかり越しました次第」

「……ふぅむ」


 もちろん、新撰組の面々、近藤勇はもちろんのこと竜胆にも、自分がこんな場所に出入りできる立場であることは教えていない紅蜘蛛丸である。生者が知らなくていいこと、知ってはならないことというのがあるのであり、地上と冥界の間にどうしても何か解決しなければならないような懸案事項が持ち上がったようなときには、真言寮がそれを請け負う。そのために真言寮というものは存在し、そしてそれが故に幕府の支援なども受けているのである。


「念のためもう一度確認するが。つまり、今度の騒動は、死なず蜘蛛、お前がまた冥府に行こうと一念発起してやらかしたことではない、というんだな? 誓ってそうだな?」

「はっ。御意のままに」

「御意のままに、じゃねえよ。過去に何回、自分が同じことをしでかしてこの小野篁様の手を煩わせることになったか、ちょっと胸のうちで数えているがいいや」


 小野篁の言っていることはまったき事実である。紅蜘蛛丸はこの時点でも千年近く自殺志願を続けているため、やれるようなことは片っ端から試しているし、その過程において周囲にかけた迷惑のかさもまた、総合すれば千年分に達するわけであった。


「かたじけない」

「かたじけないで済むか。愚か者が。……さて」


 いちど言葉を切って、小野篁は改めて言葉を継いだ。


「陰陽童子だ」

「なんですと?」

「お前でないのなら、陰陽童子の仕業だ。お前たちの霊力の波動は、似ているからな。たがうようなことはあるまい」

「成程……そうだ、それと。真言寮の調伏師が二名、行方知れずとなったばかりなのですが」

「そうか。……ここには来ていない」


 死んだと思われる人間たちがこの場所に来ていない、というのはつまり、正しい死者が踏むべき手順を踏んで冥界に向かっていないか、あるいは生きているか、そのどちらかであるということを意味した。まだ四十九日が経過していないから、死んでいるならばこの‟彼方の地”に姿を見せているはずなのであった。


「ありがとう存じまする。では、わたしはこれで」

「ああ。もう来るんじゃねえぞ。寿命が尽きるまでは」

「それは……お約束できかねますが。この場はこれにて、失礼いたします」

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