第六話-彼岸花
そいつは、人間の言葉を喋った。彼岸花は聞いていた。
「よくぞ参られた、紅蜘蛛丸殿。貴殿が来るのを、無い首を長くしてお待ちしておりました。ですが申し訳ない、そちらの娘にはもう用がない。なので、死んでもらいます」
彼岸花は叫んだ。
「紅様、あたしこいつ殺しますね!」
「待て。何か情報を引き出せるかもしれぬ。話を聞いてみよう。村滴滴国滴滴、この娘に危害を加えるつもりならわたしは相手にならねばならないが、わたしを待っていたというのは一体どういうことだ」
「耳をお貸しくださって、ありがとうございます。ではお聞きを」
村滴滴国滴滴は外見の割には慇懃な態度を保ち、語り始めた。
「そもそも、貴殿は自分が‟何者”であるか、存じていらっしゃいますか。『千年の時を生きた、不死の大妖怪』。『不滅の呪いに囚われた妖怪の王』。いずれも、正しいようで、貴殿の本質を全く捉えていない説明であるに過ぎません」
いったい、どこで、どうやって紅蜘蛛丸について知ったのか。それは全く分からないが、彼の知識は精緻かつ適確であった。
「貴殿は死なないのではない。とっくの昔から、そもそも生きてはいないのです。つまり、命を持ってはいない。神や魔であるならばいざ知らず、生物は、永遠ではあり得ません。ならば答えは一つ、永遠である以上、あなたは生物ではないのです。いまそこに在ってご覧になる‟人間のような姿”は貴殿の一つの派生物に過ぎず……そして、今なお取ることのできる蜘蛛の姿の‟本性”ですらも、あなたの正体ではもはやない。なぜなら」
ここで、怪物は大きく息をついた。どうやら嘆息したらしい。
「いまのあなたの本質、正体は、呪いそのもの、あるいは言い換えるならば、刹千那なる
別蜘蛛丸は別に反論はしなかった。
「まあ、そうかもしれぬな。で、仮にそうだとしてではわたしはどうすればいいというのだ」
「それは容易きことです。あなたに、愛するべきものをご用意いたしましょう」
村滴滴国滴滴はがぱり、と巨大な口を開けた。すると中から現れたのは、背中から生えた真っ赤な八本の脚を持つ、人間の女のような外見をした何者かだった。ちなみに裸体である。それが目を開く。
「お初にお目にかかります。紅蜘蛛丸様。わらわの名は、ヤオシケプカムイ。あなたと同じ、真紅の蜘蛛より生じた、永遠を生きる蜘蛛神に御座います」
「冥界の神よ。その者は、一体」
「自分がどうこうしたものではありません。滅びしアイヌの神々の一柱、本人ですよ。昔、確かにそういう神の伝承がありました。調べて頂ければそれは分かります。そして、その者との間になら、貴殿も子を成し、愛を育むことができる筈です」
うんうん、と納得したように村滴滴国滴滴は巨大な首を縦に振った。
「紅蜘蛛丸様。お慕いしております」
そこで彼岸花が口を挟んだ。
「あの、紅様。その女、あたしより乳がでかいですけど、あたしの方が紅様の好みですよね?」
紅蜘蛛丸が自分を見た。どうも、その視線がおかしいような気がする、と彼岸花は思った。
「ああ。もちろんだ、彼岸花。お前の方が好みだとも」
と、その紅蜘蛛丸は言った。おかしい。紅様はそんな風には言わない。「あー、えー、その、どうだろう」とか言って、あっちの女蜘蛛のおっぱいとあたしの薄い胸を見比べて、たっぷり五秒は迷うはずだ。紅様は、そういう方なので。それから、あたしのことは必ず彼岸花ではなく彼岸と呼ぶ。
「おい赤女蜘蛛。お前は殺す。それから」
彼岸花の目は怒りに燃えていた。
「そっちの紅様に化けている幻か偽物、お前もだ」
ゆらり、と人影がゆらめく。そして、そこに現れたのは。
とてつもなく巨大な、紅色をした、背中に八筋に分かれた疵を持つ、蜘蛛であった。
その怪物の前で、彼岸花は術を唱え始める。
「天地よ砕けて散れ。森羅万象に滅びあれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます