第五話

 本人の言っていた通り、それからまもなく松永弾正と三好三人衆の間で戦端が開かれた。戦況は一進一退といったところだったが、結局、当時商業都市として大いに栄えていた堺を巡って行われた戦闘で三好三人衆が大きな勝利を収め、敗れた弾正の方はなんとそのまま逐電して行方知れずとなってしまった。


「まあ、あの父のことですので、そのうちにはひょっこりと戻ってくるのではないかと思ってはいるんですが」


 と、言うのは弾正の子の久通である。久秀が行方知れずになっているので、久秀の城である信貴山城と多聞城は現在、彼が守っている。その多聞城に、紅蜘蛛丸は招かれてやってきた。今日はさすがに単身ではなく、辰允はじめ幾人かの調伏師を連れており、櫻も一緒にいる。


「それよりも、本日お越しいただいたのはですね。ここから南に三里ほど行ったところにある龍王山城という山城の跡地に、あやかしが出て困っているのです」

「ほう」

「夜に雨の降る日になると、山上から無数の火の玉が現れて、ジャンジャン、ジャンジャンと泣き叫びながら、人里にまで降りてきます。それに触れたものは例外なく命を奪われている」

「ほうほう」


 無理からぬことなのだが、紅蜘蛛丸はここで俄然の興味を示した。


「彼らの正体は、かつて龍王山の城主だった十市とおち氏の一族と、その配下の武士たちの怨霊だろうというのがもっぱらの噂なのですが」

「十市氏には何があったのかな」


 ここで、久通は誇らしげに胸を張った。


「拙者が攻め滅ぼし、城に火をかけて一族累代皆殺しにしたのです」

「……なるほど」

「一人だけ例外がいますけどね。ね、兄上?」


 と、櫻が口を挟んだ。


「おお、そうであった。城主の妻だった女性にょしょうが一人だけ、今も生き延びております」

「どういう次第で。出家して尼にでもなられたか」

「いえ。美しかったので、拙者が奪って自らの妻としました」


 ふんす、と胸を張る久通。彼の言っていることはこの時代の人間の感性としては別に珍しいというほどのことではない。乱世の子であった。


「そういうわけで、ジャンジャン火の退治を頼みたい。やっていただけますか?」

「無論だ。すべて真言寮にお任せいただくよう」

「これは頼もしい」


 そもそも、基本的にはそういう活動をするための真言寮である。妖怪を集めて戦争に加われなどと言われるよりもよほど道理に叶った要請であった。


 さて、龍王山の麓の村に宿を借り、数日待つと大雨が降り始めた。すると確かに山の方から、ジャンジャン、ジャンジャンという声がする。


「分かっていると思うが、わたしが先頭に立つ。櫻はここで待——」

「いえ。わたくしも連れていってくださいませ」

「しかし。危険だぞ」

「もとを正せばわたくしの兄、つまり身内の不始末のことですから。それに、お役に立てるのではないかと思いますし」

「そうか」


 で、火の玉の群れの中に紅蜘蛛丸は突っ込んでいった。あっという間に火の玉にたかられ、その身体が燃え上がる。が、焼け落ちる前にその姿は幻のように掻き消え、別の場所に新しい紅蜘蛛丸が現れた。もちろん、刹千那のしゃれこうべも一緒である。


「やはり、駄目か。こやつらは単に人を燃やすだけの人魂のようだ」


 まあそうだろうな、と辰允らは思ったが、誰もそれを口には出さない。


「この方たち」

「ん? どうした、櫻」

「これは、ジャンジャンと音を鳴らしているのではありませんわ。ザンネンダ、ザンネンダ、と言っておられるのです」

「ふむ」

「ここは、わたくしにお任せいただけませんか?」

「どうする」


 櫻は前に進み出て、ジャンジャン火の一つに触れた。


「オオ……オオ……!」


 と言って、ジャンジャン火が消えた。次々に櫻のもとに鬼火が集まっては消えていく。


「やるな。こうしてみれば確かに、たいした力だ」


 一緒にやってきた他の調伏師たちは、それぞれの外術を使ってジャンジャン火を櫻のところに集め始めた。結局、数時間がかりですべてのジャンジャン火を消し去ることができた。


「という次第だ」


 と、多聞城に戻って久通に報告する。とりあえず次の雨の夜を待ち、それでもうジャンジャン火は現れなかった。その知らせが届いた時点で、依頼は無事完了となった。


「ありがとうございました。今宵はこの城で宴を開きます故、是非とも——」


 と、いう話をしていたところだったのだが。


「急報! 急報に御座います!」

「なんだ。客人の前だぞ、騒がしい」

「弾正様がただいま、お戻りになられました!」

「おお、それはめでたい。ちょうど宴の準備をしていたところだし、よい塩梅だった」

「それが……若殿。申し上げにくいことがあるのですが……その……」

「なんだ。父上はお怪我でもされていたのか。まあいい。会えば分かることだ」


 で、大急ぎで久通は弾正を迎えに出たのだが。


「おお、久通。いま戻ったぞ」

「お帰りなさいませ、父上。それで……こいつらは、何ですか?」


 城の周囲を、白骨の群れが埋めていた。骸骨の兵、死者の兵であった。


「ひひっ」

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