第十一話

「人間ではない者が、犯人に混ざっている?」


 幕府の立てた制札が次々に京都各地で引き抜かれることが著しくなり、新撰組はその対応のため、真言寮に正式な協力を求めた。であるから今日は近藤勇の方が新撰組を代表し、真言寮を訪ねてきている。


「左様らしいので御座る」


 二人の前には宇治茶と、柏屋光貞の饅頭とが置かれている。柏屋光貞は真言寮の贔屓である。何しろ近所のことでもあるし。


「とりあえず、三条大橋西たもとの制札がよく狙われるので、犯人が何者であるか確認すべく、橋の両側に見張りを立てたのですがな」


 すると確かに夜半に制札を引き抜く人影が見えたので闇の中をこっそり追跡したのだが、人影を追いかけていたはずの隊士が橋の反対側の見張りと出くわしてしまい、そして反対側の見張りは人影を見てもいなかった、ということが既に二回続いているという。もちろん橋の上から鴨川に飛び降りたなどということは考えにくいし、だいたいそんなことをする者がいれば水音ですぐに分かる。


「ふむ。そも、橋というのは冥府異界に通じる道ですからな。怪異とは縁深い」

「はて。そういうものなのですか。それがしにはよく分かりませぬ」


 これは古くから実際そのように言われているのである。例えば同じ京都の、堀川と一条通が交差するところに小さな橋が架かっているのだが、平安の昔、とある公家がこの橋の上で冥界から一時的に戻ることを許された父親に再会したという伝説がある。故にこの橋は今日なお一条戻橋と呼ばれている。


「とりあえず、わたしどもでも三条大橋に見張りを立てましょう。何か分かるかもしれません」

「かたじけない」


 仕事の話は終わったので、簡単な酒席が設けられることになった。仕事の話の間はよそで控えていた竜胆も姿を見せている。ちなみに近藤の伴をしに来ているわけではなく、非番だからたまたま居たのである。二人よりも酒を過ごし、ぐいぐい飲んでいる。


「ほらほら、近藤さんももっと飲みましょうよ」

「勘弁せんか総司。帰れなくなってしまう」

「近藤さんも泊まっていけばいいじゃないですか」

「誰がそんな野暮ったらしいことをするか。お前、すっかり色呆けおってからに」

「はは」


 と、小さく酒杯を傾けながら笑うのは紅蜘蛛丸である。勇と竜胆の二人は職務では上司と部下、そして剣術では師匠と弟子なのだが、しかしそれ以前に長い付き合いの悪友同士でもあるのだった。


「誰が色呆けですか。わたくしはですね、バケモノ退治のための修行をしにここに通ってるんですー」


 言ってること自体は嘘ではなかった。あれから幾度となく、紅蜘蛛丸と立ち会って、さらに技術を磨いている。ただ、泊まりに来るたびに紅蜘蛛丸と臥所ふしどを共にしているのも事実なのだが。


 ちなみに、新撰組総長山南敬助が陰陽童子のために死んだ、という事実は新撰組の間でもトップシークレットで、竜胆自身と近藤のほか、最上層の幹部幾人かしか知らない。平の隊士たちの間では単に追っ手を演じた沖田総司によって粛清され斬られた、という認識になっている。


「さて。近藤さんも帰りましたし、お酒も良い加減に入りましたし。今夜も楽しみましょうねぇ、紅さん」


 紅蜘蛛丸は昼間、さんざん外法を活用させられて精気を消耗した挙句、夜は夜で別種の疲労を強いられていた。不死だからといって、それで疲れないわけでもないのである。


 それはそれとして。翌日から数日かけて、真言寮の手の者、男女二名が三条大橋で見張り番をすることになった。結果、どうなったか。四日後の夜の番を務めたあと、その二人は両方とも、それきり真言寮には戻らなかった。

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