第九話
春が来た。新撰組は江戸から多数の新規加盟者を得、さらに増員を繰り返して大所帯となり、さすがに手狭になった壬生から西本願寺へと屯所を移した。
竜胆は持ち前の明るさをまもなく取り戻した。少なくとも、表面上はそのように見えた。だが、大津で過ごしたあの夜に、竜胆から言われたことを紅蜘蛛丸は決して忘れない。
「陰陽童子を殺します。わたくしが殺します。必ず殺します」
「……ああ」
「協力してくださいますか。紅さん」
是も非もなかった。自分が生身の人間を
「紅さんと陰陽童子の不死というのは、同じ性質のものなのですか」
と問われて、紅蜘蛛丸は難しい顔をする。
「いや。死なぬのは同じだが、実を言えばまったく異質なものだ。まず……わたしの不死がどういう性質のものであるか、それを先に説明しようと思うが」
そもそも紅蜘蛛丸はもともと、蜘蛛であった。年経て蜘蛛から妖怪となったが、その時点ではまだ長寿長命なだけで不死ではなかった。
「わたしを不死に変えたのは刹千那だ。わたしにかかっている不死の呪いはごく単純なもので、実は、非常に単純な、たった一つの条件でわたしの呪いは解け、そうすればわたしは死ぬ」
「それは、わたくしが聞いてしまってもよろしいのですか?」
「ああ。問題ない。何故なら」
少し間を置いて、紅蜘蛛丸は言葉を継ぐ。
「わたしは刹千那を愛している限り決して死ぬことができない。もしも、刹千那以外の相手をそれ以上に愛したとき、わたしは死ぬ。それがわたしの不死の秘密だ」
竜胆は小さく口を開け、紅蜘蛛丸の傍らに置かれている刹千那のしゃれこうべをちらりと見た。
「なんとまあ」
「わたしは、そうなることを望んでいる。死ぬことを。この千年近くの間、ずっと」
……本当に? と、竜胆は胸のうちで思ったが、それは口にしなかった。
「わたくし以前一度、陰陽童子を斬ったんですけど。二つに分かれた身体が、あっけなくもとの通りにくっついて蘇りました。紅さんも同じようになるんですか?」
「いや。……しかし、論より証拠だ。わたしと立ち会ってみないか」
「いいんですか。斬ってしまっても」
「ああ」
というわけで、庭に出て、立ち会うことになった。
「どこからでも遠慮な——」
と言いかけた刹那、紅蜘蛛丸は思いっきり正面から逆袈裟を斬り上げられた。心の臓が裂けている。赤い血が噴き出す。新撰組随一の人斬りである竜胆にとっては、慣れた光景に過ぎない。
「新撰組を舐めないでください、紅さん。……さて?」
噴き出した血が、地面を染めたかに見えたのだが、やがて地面の上からすっとその色が消えた。紅蜘蛛丸の身体そのものも、色が薄くなって消えてしまう。
「こうなる」
「えっ」
ぽん、と竜胆の肩に手が置かれる。五体満足で、着物も別にどこも切れておらず元のまま、しかももう片方の手に例のしゃれこうべまで持っている紅蜘蛛丸が真後ろにいた。
「うわぁ……不死というか、これでは完全不滅ですね。傷もつかないのか」
「そうだ。わたしのこの肉体はそもそも
「では、陰陽童子はどうなのです?」
「これも、論より証拠だろう。やつの肉体の不死性に似せたものを、いま用意してやる」
手のひらを上にして、むん、と紅蜘蛛丸は念じる。するとその掌中に一匹の真っ赤な蜘蛛が現れ、それがみるみるうちに、人間に近い大きさに変じて地に降り立った。
「闘ってみろ。加減はさせぬから、気をつけろよ」
「新撰組を舐めないで下さいってば」
人と戦うのとは勝手が違うため、さすがに多少は不慣れな感じがある竜胆だが、すぐにコツを掴んだようであった。この大蜘蛛は高い再生力を持ってはいるが、斬り落とした足を遠くに離してしまえばそれ以上再生することはなかった。やがて、半分の足を失って動けなくなった蜘蛛の頭が竜胆の突きで潰された。大蜘蛛は灰のようになってその場に崩れ去った。
「次は三匹くらい同時に出してくれていいですよ」
「無茶を言うな。このわざは精気を消耗するから、わたしでも疲れるのだ」
「不死身だからって無尽蔵に何でも好きなだけできるわけじゃないんですね」
「そんなものだよ、現実はな」
「精気というのはどうすれば回復するのです」
「飯を食って、時が経つのを待つしかない。おなごを抱けば多少は時間が短くなるが」
と言うと、竜胆はぽっと照れた。
「なんだ。野暮ですね。じゃあ、今日は泊まっていきます。お風呂借りますねー」
竜胆は風呂場の方に走って行った。そして夜。
「こんな人生だから女の悦びなんて知りませんでしたけど、これはこれで、
竜胆はだいぶ慣れてきたこともあって、自ら積極的に動いた。
「紅さん。わたくしを愛しては駄目ですよ。少なくとも、わたくしが陰陽童子を殺すまでは、駄目です。それまでは協力してもらわなきゃなりませんからね」
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