第2話

 一段一段白い階段を登っている暖。生きている時は歩けなかったのに死んでからこうやって歩いて階段を登れるなんて…少し前を歩いて階段を登っている老人、後ろを見ると少し離れて中年のおばさんが同じ様に階段を登ってきている。声を出そうとしても出せない。ただ階段を黙々と登っているだけだ。


 周りを見ると皆の視線は足元の目の前の階段に注がれている。キョロキョロと顔を動かしているのは暖だけだ。

 

 暖は自分の足で歩けるのが嬉しいのか自分の足元を見たり少し前を見たりしながら階段を登っていた。



 階段を登っていると暖が登っている階段の周囲のモヤが一瞬薄れたかと思うと彼の数段上の階段に右に伸びる別の階段が見えた。またすぐにモヤに隠れたが、3段上がったところで右足を階段の右に伸ばすとそこには確かに階段がありそうだ。


 後ろを振り返ると俯いて足元を見ているおばあさんがゆっくりと10段程下の階段を登っている。ダンは顔を正面に戻すと上を見て、それから右に踏み出した。


 上に続く階段を登っている人の列から一人の少年が消えた。


 暖の両足が右の階段の上に乗ると目の前のモヤが晴れて全く別の階段が現れた。そこを登っている人は誰もいない。背後を見ると1歩しか進んでないのに背後はモヤで全く見えなくなっている。


 そうして今度は右に伸びている階段を一人でゆっくり登り出していく。歩いていても疲れない。

 

 時間の概念すらない空間、階段を登っていくと暖の目の前に白い門が現れた。その門を潜って中に入るとそこは光に包まれた白い部屋だ。寒くも暖かくも無い何も無い部屋。

 

 その部屋の中央に歩いていくと、奥の壁をすり抜けたのか一人の老人が暖の目の前に近づいてきた。足首が隠れるほどの真っ白なローブに身を包み、白髪で髭をたくわえ、そうして右手には白い杖を持っている。部屋の中央で立っている暖を見ると、


「久しぶりにこの階段を見つけた者が現れたな」


 そう話しかける老人。暖が黙ってると、


「年齢に関わらず死は誰にでも訪れる。ここはお主がいた世界で死んだ人が集まる場所だ。皆あの階段を登っては新しい生命を与えられてまた前世と同じ星で生きていく。もっとも前世の記憶は全く持っていないがな。最初から新しい人生を始めるということだ」


「なるほど」


 初めて声を出した暖。自分の声じゃないみたいだ。


「ただ、途中のこの階段、ここを見つけた者は別だ」


「別?」


「そうだ。この階段は特別な階段だ。死んだ者は殆ど全てがあの階段を登っていく。そういう風に仕向けておるからの。だがたまに、そうごく稀にこの横に伸びている階段を見つけて上がってくる変わり者がおる。お主の様にな」


「特別な階段…」


老人の言葉を繰り返す暖。そして特別とは?と老人に聞き返すと、


「さっきも言ったがあちらの階段を登っていった者は再び同じ世界で復活する。しかしこの階段を登ってきたものはそうではない。復活する世界を選択できるのだ」


「復活する世界の選択って、それほど多くの世界が存在しているということなの?」


「そうなる。この世には多くの世界が存在している。今まで知らない世界で生きていくことも可能だということだ。もちろん前の世界、地球と呼んでいる星で改めて生きていくことも問題ないぞ?」


 そうして老人の説明を聞くと、地球でやり直す場合には前世の記憶は全くなくなり赤ちゃんから始めるが、他の星でやり直す場合にはその限りではないらしい。


「その限りではないというのを具体的に説明してもらえますか?」


 暖の言葉に頷く老人。


「この特別な階段を登ってきた者の特権といえるが」


 そう言って語り始めた老人。まず住む世界を選べる、年齢についても赤ちゃんから始める必要はない。自分が生きてきた年齢までの好きな年齢を選んで次の人生を始めることができる。ということを説明した。


「ただし、別の世界に行ったとしてもそこで超人の様な能力や知識を持っている訳ではない。その世界で成長するかどうかは当人の努力次第じゃ」


 黙って聞いている暖。最初は自分が死んだ地球でやり直そうかとも思ったがそうなると赤ちゃんからのスタートだ。また病気になってしまうんじゃないかと不安になり、


「違う世界って具体的にどういう世界があるか教えてもらえますか?」


 暖の言葉に頷くと、


「いろいろあるぞ、例えば機械化された世界。ただこの世界だとお主の様な人間は搾取される側だな」


「なるほど、あまり楽しくなさそうな世界ですね」


 その世界は即答でノーだ。


「あとは、全く何もない世界。地球で言うと原始時代だ。人間はいるがまだ文字も言葉もない」


「それもなんだか今更という感じですね」

 

 とこれもノーだ。


「ふむ。あとは魔法が使える世界もあるぞ」


 魔法という言葉に暖が食いつく。


「魔法?その魔法が使える世界について教えてくますか?」


「魔法の世界か? 魔法や剣が主流になっておる世界だ。時代的には地球の歴史の中で中世と言われた頃に最も近い。ただ中世と違うのは人間や動物の他に魔物と言われる強敵も多く生息している。この世界では毎日の様に魔物達と人間達とが戦っておる。生存率は決して高くないぞ」


 魔法と剣の世界って自分がやってきた”The Third World”の様な世界だろう。あれがリアルになるのなら面白い。ゲームじゃなくてリアルで生きていけるのか。生存率は高くないと言っているけどいつもこの世界が現実だったらなと思っていた自分にとっては願ったりの話じゃないか。


「その魔法と剣の世界に行きたいです」


 暖の言葉に頷く老人。


「よかろう。ただしその世界に行ったとしても別にお前は特別な人間ではない。その世界でどれだけ成長できるかは当人の努力次第だ」


 それは暖も望むところだった。今までずっとベッドにいたことを考えると自分で動いて自分の力で成長できる世界で生きていきたかった。その上に魔法や剣が使えるのならもう何も文句はない。


 それから暖は老人と話をした、新しい世界に行くに当たって老人と話をした結果。スタートは17歳から。種族は人間の男とした。この世界では17歳で成人となり、冒険者になることができると聞いたからだ。そして老人からは


・言語理解、会話能力

・基本的な武器、魔法の能力

・その世界の17歳として当然持っている知識、そして17歳になるまでの自分の歴史。


 を授かることになった。死ぬ前までの今までの記憶もそのままだ。


 老人との話しが終わると


「今までこの階段を登ってきた者達はもっと欲張りだったがお前はそうではないな」


「知っていると思いますけど僕はずっとベッドに寝たきりで動けない生活でした。それが動けて魔法や剣が使えるのならそれ以上は何も望みません」


「なるほど。ではお前さんを新しい世界に飛ばしてやろう。十分に楽しむがよかろう」


 そう言って老人が杖を振ると暖の体が光に包まれて、次の瞬間には老人の前から消えた。老人は暖が立っていた場所に視線を送り、


「かわいそうな人生を送っていた彼には次の世界では困らない様に当人の全能力の初期値と上昇値を少しばかりアップさせておいたから今度は楽しめるだろう」


 そう呟くと出てきた壁の向こうに消えていった。

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