第95話

「ウィーナの鑑定に間違いはない。これは通信用オーブの原料となるクリスタルの結晶体だ。そしてその大きさのみならず純度も素晴らしく高い。この街の錬金術師に見せたが彼らもこんな大きくて純度の高いのは見たことも聞いたこともないと言っていた」


 そこで一旦言葉を切ったゴードン。


「2人の予想通りこのオウルは隔離されている街だ。そしてここにいるウィーナやレーゲンスに住んでいるユーリーと鳥便や人を遣って連絡をとって街で必要なものを手当し、この街で採れるミスリルを持ち込んでは現金化している。

 オーブがあれば便利になると言う話はずっと以前から議論されてきたが残念ながら我々にはクリスタルの結晶体を手に入れるチャンスが全くなかった。わかるだろう?オウルには冒険者はいない。そして我々は街の外にはでない。一方でレーゲンスの街にいるウィーナやユーリーは普段からオウルとの接点を隠して生活をしている。商人にクリスタル結晶体の購入を依頼すると色々と勘ぐられる。最悪この街との関係がバレてしまう」


 この街はこれまでもそしてこれからもひっそりと生きていくことを選んでいる。周囲から隠れながらこの谷間の街で安寧の時を過ごすのがこの街の生き方なのだ。その安寧を脅かす可能性があるものには最初から近づかないという姿勢を貫いてきたからこそ今でもこの街は続いているのだとゴードンの話を聞きながらダンは思っていた。


 ゴードンの話は続く、


「そんな中デイブとダンがこの結晶体をこの街のためにと持ち込んでくれたことに対しては感謝しかない」


 ダンとデイブは黙ってゴードンの話を聞いていた。


「さてこれからが本題だ」


 と言ってそこで言葉を切ったゴードン。正面に座っているダンとデイブをじっと見て


「この街にはオーブは必要だ。そしてこれを持ち込んでくれた二人にはその対価が必要だ。その対価について我々この街の幹部と言われている4人で検討をした」


 そう言うとゴードンの隣に座っていたマッケインが机の上に袋の様なものを2つ置いた。それに目をやるダンとデイブ。1つは普通の袋でもう1つは魔法袋の様にも見えるが二人が持っている魔法袋とは少し違う様に見える。


「対価についてはこちらで2つ用意した。どちらか1つ、好きな方を選んで欲しい」


 ゴードンはそう言ってから、


「こちらは白金貨だ。中に100枚入っている」


 と1つの袋を指差した。白金貨100枚。金貨10,000枚で白金貨1枚。つまり金貨にして1,000,000枚。まず目にしない程の大金だ。


「そしてこちらの袋はアイテムボックスだ」


 ゴードンがもう1つの方を指差すと


「「アイテムボックス?」」


 と二人同時に声を出してアイテムボックスの方に視線を注ぐ。

 これがアイテムボックスなのかと食い入る様に見る二人。ダンは自分の魔法袋と目の前のアイテムボックスを交互に見ていた。


 一見魔法袋に似ているがよく見ると魔法袋より1回り大きい。そして素材も見たこともない様な生地で作られているのがわかる。魔法袋と同じく腰に巻ける様にベルトがついている。


 しばらくアイテムボックスを見ていたデイブが顔を上げた。


「初めて見たよ、アイテムボックス。ウィーナから聞いているとは思うが俺達はいずれ大陸中央部の山奥に鍛錬に行くつもりだ。その時には大量の物資や食料が必要になる。水や食料が腐らないというアイテムボックスは俺達が山の奥に出向く際には必ず必要だとダンとも話をしていたんだ。俺としてはこの2つから選ばせて貰えるのならアイテムボックスが欲しい」


 デイブがそう言った。


「ダンもデイブと同じくアイテムボックスを選ぶのかい?」


 ゴードンはそう言ってダンに顔を向けてきた。


「その前に1つ確認させてくれ」


 とダンが言う。テーブルの反対側に座っている4人は何かな?という目で見てきた。ダンは深呼吸するとゆっくりと話だした。


「今デイブが言った通り俺達はアイテムボックスが欲しい。そしてそのためにヴェルスやレーゲンスで未クリアのダンジョンに潜っては宝箱を探したりボスを倒している。ヴェルスの知り合いやサムという商人らにアイテムボックスについて聞いてみたが皆そう簡単に手に入る物じゃないと言っていた。それほどのレアなアイテムボックスがこのクリスタルの結晶体の対価に見合う物なのかどうか俺には判断できない。俺の感覚だけどクリスタルの結晶体よりアイテムボックスの方がレア度はずっと高いと思っているんだ」


 ダンの話を聞いてそれまで黙っていたウィーナが口を開いた。


「レア度というのはね、ダン。それを欲する人によって変わってくるんだよ。あんた達は大陸中央部に鍛錬に行く。そのためにアイテムボックスが欲しい。一方でここオウルの人たちは自分達の生活をより良くするために通信用のオーブが欲しい。この街の人、ゴードンや私達にとってはアイテムボックスを持つメリット以上のメリットが通信用のオーブにあると考えている。そう言うことだよ」


「なるほど。人や街によってそれぞれ必要とする物が違うから一概に比較はできないってことだな」


「その通りだよ、ダン。それであんたはどっちを選ぶんだい?」


「そう言うことならアイテムボックスだな」


 とダンが言った。


「決まりだな。お互いウィンウィンの取引ができた様だ」


 ゴードンはそう言うとアイテムボックスをダンとデイブの方に押し出した。そしてデイブがクリスタル結晶体の塊をゴードンの方に押し出す。お互いにそれぞれの品を手に持つと立ち上がって全員で握手をした。


「良い取引ができたよ。これでオウルの街の人の暮らしがさらによくなるだろう」


「俺達も欲しい物が手に入って万々歳だ」


 ダンとデイブは思わぬ形で探していたアイテムボックスを手に入れた。そしてそのアイテムボックスはデイブが持つことになった。


「俺でいいのか?」


「ああ。デイブの方が俺よりずっとしっかりしてるからさ」


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