第74話

 リッチモンドからレイクフォレストへの道は荒野とはいえある程度整備されている。凹凸を少なくして乗客に負荷がかからない様にしているのだろう。そして馬車のスピードは遅い。周囲を歩くダンら冒険者の速度よりほんの少し早い程度だ。


 聞いてみるとあまり早く動くと馬車酔いで気分が悪くなる人がいるのでのんびり移動しているのだという。


 何事もなく移動をした初日、決まっている野営の場所に着いた。事前に聞いていた通りでそこは街道からほんの少し離れた場所で3方を大きな岩に囲まれた場所になっていた。


「これなら安全だな」


 野営場所に着いた時にデイブが言った。冒険者7名は4名と3名に分かれて夜の見張りをすることにする。ダンとデイブ、そして僧侶のミミの3人がチームを組んだ。


「良い場所があったもんだ」


 夕食を終え乗客は既に馬車やその周囲で眠っている中、岩場の上にいる3人は周囲を見ながら小声で話をしていた。


「ここは自然にあった場所ですけど、それ以外の場所はわざわざ大きな岩を移動させてこんな風に周囲を囲む様にして野営場所を作ったと聞いています」


 デイブの言葉に僧侶のミミが答えた。


「なるほど。観光地に向かうのに安全じゃないと誰も行かないからな」


 その通りですねと答えるミミ。


 観光客を乗せた馬車は順調に荒野を進んでいた。途中で一度ランクBの魔獣を見つけたがデイブが馬車から離れていき遠くから精霊魔法を撃つと1発で魔獣が倒される。


 何もなかったかの様に戻ってきたデイブ。


「馬車の中のお客さんは気がついてないな」


「よかったじゃないか。余計な不安を煽らない方がいいからな」


 2人が歩きながらそんな話をしているのをランクBのジョーダンらは驚愕した表情で聞いていた。狩人のリンスが遠くに魔獣を見つけたと思った時には既にデイブは馬車から離れてその魔獣に向かって行ったかと思うとかなりの距離がある場所から精霊魔法1発で魔獣を倒してきたのだ。


「聞いてはいたが想像以上だ」


「知っているランクAよりもずっと強いな」


 ジョーダンとキムはそんな言葉を交わしていた。

 そうして特にトラブルもなく馬車はリッチモンドを出て5日目の昼過ぎにレイクフォレストの城門を潜る。


 中に入ったダンとデイブは街の中の風景を見て思わず声を出す。


「想像以上に綺麗な街だ」 「ああ」


 レイクフォレストはその名前の通りに湖と森の街だ。山の谷間にある大きな湖に面する様に街が作られている。湖があるせいか山には青青と木々が生えていて城壁はその山裾の一部を囲い込む様にして広大な敷地を有していた。街は山裾にあり湖に向かって緩やかに傾斜しているので街のどこからでも湖を見ることができる。


 三方を城壁で囲み、そして城壁のないところは湖に面している。街の中のあちこちに緑の木々が生えていて綺麗に区画された広い通りが街の中を綺麗に格子状に走っていた。城門から入ると右手に湖が見えていて左手は山の斜面に沿って様々な家が立ち並んでいる。


 馬車が指定の場所に着くと待ちきれなかった様に中から乗客が降りてきて宿屋のある区画に向かって歩いていく。御者をしていた運行会社の人からクエストの修了証を受け取った一行は城門近くにある建物の中に入っていった。


 中に入るとヴェルスやリッチモンドより1回り以上小さなギルドになっていた。併設している打ち合わせスペースはあるが料理や飲み物を出す様ではない。そしてクエスト掲示板がなく代わりにこのレイクフォレストからリッチモンドに向かう定期便の馬車の予定表が貼られていた。それをみると通常時は3日に1便の頻度で馬車が運行されている様だ。おそらく繁忙期には便が増えるのだろう。


 ジョーダンが代表してクエスト修了証を受付にいた女性に渡し、それから各自がギルドカードを提示する。


 そうして記録が終わるとその場でジョーダンらと挨拶をして分かれた2人。ジョーダンらはこのレイクフォレストに1泊して明日の馬車の護衛でリッチモンドに戻るらしい。


「デイブさんとダンさんはどうされますか?」


 彼らを見送ると受付にいた女性が声をかけてきた。


「初めてきた街だから少しここでのんびりしようかと思っている」


 デイブがそう言うとダンが受付の女性に、


「この街は周囲が森と繋がっているけど魔獣は生息していないのかな?」


「理由は分かりませんが魔獣は湖の反対側の森に住んでいる様です。こちら側では見かけたという話は聞きませんね」


 そして彼女曰く、湖の岸から対岸を見た時に稀に魔獣の姿が見えることがあるらしい。


「一応城壁の外側をぐるっと見て回ってきても構わないかな?」


 ダンの言葉にびっくりするがすぐに


「クエストにはなりませんが巡回していただけるのならお願いしたいですね。ちょっと待っていてください。このギルドの責任者にも聞いてきますから」


 この街のギルド分署を見ているのはケニーという元冒険者だ。肩書きはキルドマスター代理ということになっている。彼が執務室で書類を見ていると受付嬢が入ってきてダンとデイブという二人組がやってきて街の周囲を巡回するという。


「ダンとデイブ?そう言ったのか?」


「ええ」


「わかった。すぐ行く」


 受付嬢が部屋から出るとケニーは書類を片付けながら今の会話を思い出していた。ダンとデイブ、ギルドから定期的に出る報告書の中にあった名前だ。所属はヴェルス。暗黒剣士と赤魔道士の二人組で護衛クエストをほとんどせずにダンジョンで高ランク、ランクSやSSを相手に鍛錬をしてポイントを貯めてランクAに昇格していると書いてあった。


 大陸内にあるギルドは適宜情報交換を行っている。これは素行に問題のある冒険者やパーティの情報を交換すると同時に逆に急速に伸びてきている冒険者、パーティの名前も共有するためだ。


 その報告書でリッチモンド以外のラウンロイド、レーゲンスのギルドでも名前が上がっていた二人組。もちろん所属しているヴェルスからも情報は出ている。


 最近の情報はリッチモンドから出されていた報告で実力的には既にランクA以上、ランクSレベルにあるというものだった。


 ダンとデイブが受付で待っていると男性職員がやってきた。


「初めましてだな。ダンとデイブの名前は聞いている。俺はケニー。ここのマスター代理をやっている」


お互いに自己紹介を終えると


「今彼女から聞いたが街の外側を見てくれるって?」


「ああ。一応見ておこうかなと思って。もちろんこっちが勝手にやることだからクエストにしてくれなんて言わないよ」


 デイブが答える。


「そう言ってもらえると助かる。城壁はしっかりしているが周囲は森だ。本当なら魔獣がいてもおかしくない場所だからな。巡回してくれるのなら是非お願いしたい。そして戻ってきたら報告してくれるか」


 わかったと言って受付でおすすめの宿を聞いた2人はまずは市内に入っていった。街の中も緑が多く、観光客らが通りに面しているお土産さんや小綺麗なレストランの前に立っては中をのぞいたりショウウィンドウを見たりしている。


「緑があって水があるせいか空気が美味いな」


「荒野の砂っぽい空気とは大違いだ」


 市内を歩いてギルドおすすめの宿を見つけた2人。幸に2部屋取れたので部屋に入って水浴びをしてすっきりしたところで2人で冒険者の格好のままで市内をブラブラと散策する。そうして目についたレストランに入るとそこで食事を取りながら明日からの打ち合わせをする2人。


「対岸には魔獣がいるがこちら側にはいないという理由がわからないと何とも落ちつかないよな。ダンはどう思う?」


「実際に街の外を見ないと分からないが、考えられるとしたら向こう側の方が魔獣にとって生息しやすい何かがある。例えば餌が豊富だとかあるいは魔素が濃いとか。そしてもう1つ考えられるのはこちら側に彼ら魔獣の脅威となるものが存在している」


「脅威となるもの?」


 おうむ返しに聞いてきたデイブに頷くダン。


「魔獣より強い何かがいてそれを恐れているとか」


「何だそりゃ?」


「いや、何かなんて俺にも分からないよ。思いついたことを口にしただけさ」


 ダンは以前の記憶の中に動物界の生態系についてという本を読んだことがあるのを思い出していた。それによると生態系の下位にいるものは上位にいるものから離れて暮らす傾向があるというものだ。これが魔獣に当てはめるとランクが低い魔獣は荒野に出没しているがそれは森の奥は高ランクの魔獣が生息しているからだという論理は成り立つ。


 そして魔獣そのものがいない場合には魔獣が住めない環境にあるかあるいは魔獣ですら恐れる何かがそこにるのではないかと推測していた。


 ここは水も緑もある。魔獣が住めない環境じゃない。となると生態系で魔獣の上位に位置する何かが睨みを効かせているのではないかと。


 顔を上げてデイブをみると俺には分からないぜと言った顔をしてスープを飲んでいた。


「明日から外を見てみりゃ何かわかるかもな」


 そう言ってダンも目の前にある食事に手を伸ばした。


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