第118話
翌朝サムの宿に出迎えに行くとちょうど出発の準備が終わったところだった。最後に荷物の確認をすると御者席に上がる前に二人を見て聞いてくる。
「お二人は準備は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。いつでも行ける」
「では参りますか」
行きと同じく馬車の左右にダンとデイブが位置取って城門を出るとヴェルスの街を目指して街道を進み出した。
そうしてレーゲンスを出て初めての野営の夜、デイブがオーブを使ってみようぜと言って、デイブが魔法袋から取り出したオーブに魔力を注いだ。傍でサムが興味津々と言った表情でそれを見ている。
「この距離でも届くはずですよ」
とサムが言ったちょうどその時、オーブが反応し向こう側にミンの顔が鮮明に映った。
「やぁ」
とデイブが言う
「びっくりしたわよ。いきなりオーブが光ってさ。でもすごく鮮明に映ってるわね、デイブもサムもよく見えてるわよ、ダンは?」
ミンがそう言うとデイブはオーブを持ち上げてダンに向けて
「ダンは周囲を警戒中なんだよ、ここはレーゲンスから少し離れた荒野の中なんだ」
言われたダンは顔をオーブに向けると軽く右手を上げる。ミンはそれに答えて手を振り返し、
「レーゲンスとここで60日位の距離だっけ?それでこれくらいクリアに映って声がはっきり聞こえたら問題ないわね」
「そうだな。今日はうまく繋がるか試してみたんだよ。これなら安心だ」
デイブの言葉にオーブの向こうでミンが頷いている。
「今から大体60日前後でヴェルスに戻るよ」
「わかった。レミーとワッツには私から伝えておくね」
最初の通信は上手くいった、というか画像も声も想像以上にクリアでびっくりするダンとデイブ。サムは驚いている二人を見て、
「通信用のオーブは極めて貴重な商品です。私も持つのは今回が初めてですが持っている人が使っているのは何度か見たことがありますが、どれもこれほど鮮明に顔や声が伝わっていませんでした。それはクリスタルの結晶体の不純物がどうしても取り除けないからなんです。不純物があると感度が落ちるんですよ。でもこれは違いました。お二人が持ってきた結晶体にはほとんど不純物が混じっていなかった。その結晶体を使うと遠距離になっても鮮明な画像や声が届けられるんです」
ウィーナの説明と同じだなと思って二人は聞いていた。いずれにしてもこれがあれば大陸中央部に出向いた時でもそこの状況をつぶさにミンやワッツに伝えることができる。
大陸の中央部の連峰の最深部に何があるのか、万が一、二人が帰れなくなったとしてもその情報は共有できるだろう。その情報が冒険者やギルドにとってためになるとかならないとか関係なく自分達はそれを報告する義務があると二人は考えていた。
その後も順調に街道を進んでいく3人と馬車。途中で出会うのはランクBクラスの魔獣ばかりで近づいてくる前に精霊魔法で倒していく。そして時折すれ違う商人や冒険者と情報交換をして3人は予定通りヴェルスの街に無事に戻ってきた。
「ありがとうございました。これがクエスト修了書です」
「ありがとう」
用紙を受け取ったデイブに、
「次に中央部の山に出発する時には私にも一声かけてください」
「分かった」
そう言ってサムと別れた二人はまだ昼過ぎだったがミンの店に顔を出し、それからミンと一緒にワッツの店に向かう。
「オーブのテストも問題なかった様だな」
レミーが入れてくれたお茶を5人で呑みながらの会話だ。
「問題ないね。クリアに映ってるし、声もまるでそばにいるみたいに鮮明だったよ」
「それでいつ大陸中央の最深部に向かう予定だ?」
「少し休んで、準備を整えてからだから1週間か10日後くらいかな」
デイブが言うとそれくらいだろうなとダンも言う。
「お前たちはもう十分に強くなっている。今まで誰も行くことができなかった最深部まで言ってしっかりと見てきてくれ」
二人はワッツの言葉に大きく頷いた。レミーとミンも同じ様に頷いていた。
ワッツの店を出た二人はギルドに顔を出した。レーゲンスとの往復で4ヶ月程ヴェルスを留守にしていたので二人を見つけた仲間が声をかけて来る。
「どこかに行ってたのかい?」
「護衛でレーゲンスにね」
そんな挨拶を交わしてギルドの受付でクエスト終了書を見せて報酬を受け取ると酒場から誘われたが
「悪い、今レーゲンスから戻ってきたばかりから身体を洗いたいんだよ」
そう言って誘いを断りこの日は二人とも真っ直ぐにアパートに戻っていった。
再び山の最深部に挑戦する準備をしながら身体を動かす二人。今日は昼間にギルドの鍛錬場に来ている。
多くの冒険者はこの時間帯はフィールドやダンジョンで活動をしているが酒場で打ち合わせをしていた冒険者も何名かいて、彼らがノワール・ルージュの二人が酒場の奥の鍛錬場に向かっていくのを見ると
「ノワール・ルージュが鍛錬場に行ったぞ」
と席を立って皆鍛錬場に移動していく。ランクS、実質はそれ以上のランクと言われている二人の鍛錬を見ようと冒険者達が集まってきた。休日にしていた冒険者も話を聞きつけてここにやってきていた。
そんな冒険者達が見ている中で模擬刀を持った二人は軽く剣を合わせて身体を動かしているが、周囲で見ている他の仲間からは彼らが軽く動かしているその剣筋が見えない。
「なんて速さだよ」
「身体の動きを見てると軽く流しているんだろうけど、それでも剣が全く見えない」
鍛錬場の周囲で見ていると突然デイブが両手に持っている2本の剣が紫色に光ったかと思うとバチバチと雷の様な光を発し出した。
「何だあれは?」
そうしてその剣でダンと模擬戦をするデイブ。相変わらず剣の動きが早すぎて目で追えないが時折バチッと大きな音が聞こえて来る。
「デイブの奴、完全にマスターしてるな」
「ギルマス」
声に振り返るとそこにヴェルスのギルドマスターのプリンストンが立っていた。顔を鍛錬場に向けたまま
「二人が鍛錬するって聞いてな、見に来たんだよ」
そう言ってから
「デイブのあれは赤魔道士のスキルの1つ、片手剣に精霊魔法をエンチャント(付与)しているんだ。エンチャントした武器は武器自体の威力に追加効果としてエンチャントしている魔法の威力がいくらか上乗せされる」
赤魔道士も多くないなか、初めてエンチャントを見た者も多く、彼らはギルマスの言葉を聞きながらもじっと模擬戦を見ている。
「…綺麗…」
女性の冒険者が声を出した。確かにデイブの剣の動きがあまりに速いので剣は見えなくて残像の様に紫色の光がデイブの身体を中心にして舞っている」
「見た目は綺麗だが威力は半端ないぞ」
模擬戦が終わった。二人が鍛錬場の端に歩いてくるとプリンストンを見つけて挨拶してくる。
「模擬刀でもエンチャントできるのは流石だな」
「なかなかモノにできなかったけどね。今は便利だよ」
デイブが言った。
「相変わらず二人ともいい動きだな」
「ダンと模擬戦するのがフィールドより鍛錬になるよ。なまってる身体を苛めるのはダンとの模擬戦が一番だな」
聞いていたプリンストンはダンを見て
「ダンも相変わらずだな」
「エンチャントされた剣を相手にするのは良い鍛錬になるよ。少し遅れて魔法が襲ってくる感じだから最後まで剣の動きを見極める鍛錬になるしな」
二人とギルマスの会話を聞いている周囲の冒険者達はレベルの高いやりとりについていけなかった。そもそも剣の動きが見えないのだから仕方のない話だ。
そうして鍛錬場で身体を動かしながら遠出の準備をしていた二人。レーゲンスから戻って8日目に全ての準備が整った。
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